第43話 ホットサンドと簡易ドレッシング


「こんな感じでここのノズルを開けば温かいお湯が出てきて、身体や髪の毛を洗えるようになっているんだ」


「なるほど、これは便利だな!」


 実際のところ、元の世界でこのキャンプギアはあまり使い道がないと思っていた。まあキャンプをする際に、シャワーを浴びたくなるなんてことはあまりないからな。使うとしてもシャワーのない海や川で遊ぶときくらいの物だと思っていた。確かポータブルシャワーには電動式やポンプ式などもあったはずだが、今アウトドアショップで買えるのは吊り下げ式の物だけだ。


 俺も元の世界では持っていなかったキャンプギアだが、こちらの世界ではとても便利である。お風呂に入ることができなくても、シャワーを浴びられるだけでだいぶ違う。ちなみにこれまでは井戸で汲んできた冷たい水で身体を拭いたり、髪を洗ったりしていただけだからな……


 しかしこのキャンプギアを販売するかは微妙なところである。森まで自力でいける冒険者達は川で水浴びをしているし、宿や個人の家でポータブルシャワーを使うのかというとちょっと怪しい。たぶんそこまで需要はないと思うんだよな。




「ああ〜生き返るなあ〜」


 シャワーで温水を浴びながら髪と身体を洗っていくが、だいぶ身体が汚れていたらしい。今まで生きてきた中で一番垢が出た気がする。


 本当は石鹸やシャンプーもほしいところだが、さすがにそこまで贅沢は言えない。少なくともこの街では石鹸もシャンプーも売ってはいなかったな。確か石鹸は油と灰から作ることができたと思うが、詳しい作り方も覚えていないし、さすがに一から石鹸を作るまでする気はない。今はこの温水シャワーだけで十分である。


「リリア、次どうぞ。温水も補充しておいたよ」


「すまないな、ありがたく使わせてもらおう」


 続いてリリアがシャワーを浴びる。当たり前だが覗きなんてしないぞ。リリアは護衛ということもあって、私服ではあるが、基本的にいつも剣を持ち歩いている。リリアの性格からすると問答無用で叩っ斬られることはないと思うが、これから一緒に過ごすわけだし、そんなことで信頼を失うわけにはいかない。……男として覗きたいという気持ちは決してゼロではないがな。




「気持ちよかったぞ。あのシャワーというものは魔道具か何かなのか?」


「いや、あれは魔法とかは使っていないよ。俺の故郷で使っていた道具なんだ」


「そうなのか。方位磁石といい、テツヤの故郷には便利な道具がいろいろとあるんだな」


「……そうだね。それも含めて明日説明するよ」


 明日はフィアちゃんも一緒に店の開店の準備をする予定だ。その際に俺の能力のことを2人には伝える。2人になら信用して話せるが、どんな反応をするのか少しだけ心配ではある。






◆  ◇  ◆  ◇  ◆


「ふあ〜あ、良く寝た」


 新しく買ったベッドもそこまで柔らかいというわけではないが、十分すぎるほどによく眠れた。それに小さいとはいえ、自分の部屋があるというのはとても安心する。


「おはよう、テツヤ」


「おはよう、リリア。今から朝ご飯の用意をするからちょっと待っててね」


 自分の部屋のドアを開けると、居間には私服のリリアがいた。彼女がいたことのない俺にとっては、なかなか刺激的な光景だぞ。




「お待たせ。今日の朝ごはんはサラダとコーンスープとホットサンドを用意したよ」


「おお、いい匂いがするな」


 今日の朝ごはんはキャンプ飯の定番であるホットサンドだ。アウトドアショップがレベル3まで上がったことで新たにガス缶が買えることになった。そのおかげで元々この世界に来た時に持っていたガスバーナーが、ガスを気にせず使えるようになったのだ。


 残念ながらガスバーナー本体はまだ買えないのだが、ガス缶だけでも買えるのはとても助かる。ガスバーナーは次のレベルあたりで、購入できるようになればいいな。


 こちらの世界では火を起こすのも、火打ち石が必要となり一苦労だ。ガスバーナーが使えるだけでとても便利である。


「これは美味い! 少し焼いた温かいパンの中にいろいろな具材が入っているのだな! こっちはチーズと肉、こっちはジャム、こっちは野菜か」


 ホットサンドとはパンの中に具材を挟んでホットサンドメーカーと呼ばれる、2枚の鉄板に挟みバーナーで焼くだけというお手軽キャンプ飯だ。簡単な割に中身を変えるだけでいろんな味が味わえる。


「それにこっちのスープは昨日のスープとはまた違うな。優しい味がしてとても美味い! それにこのサラダも何か味がついているな!」


 今日の朝は味噌汁ではなく、パンにあうコーンスープだ。これも味噌汁と同様にお湯に溶かすだけのインスタントスープである。


 サラダに関しては異世界ものの定番であるマヨネーズを作ろうかとも思ったのだが、新鮮なたまごが市場では売っていなかったので、今回は諦めた。市場で売っているいつ産んだかわからないたまごだと、お腹を壊す可能性があるからな。


 その代わりに、市場で売っていた植物から取れたサラダ油のような食用油に、アウトドアスパイスを混ぜた簡易ドレッシングをかけてみた。こんな使い方もできるからアウトドアスパイスは万能である。


「どれも簡単に作った割にはなかなかいけるな。やっぱり久しぶりに料理をするのは楽しくていいね。それにリリアみたいに美味しそうに食べてくれると、こっちも作った甲斐があるよ。おかわりもあるからね」


「うっ……あまりにも美味しかったので、もう食べ終わってしまった。すまないがおかわりをもらえるだろうか?」


「もちろん」


 うん、料理をするのは好きだし、リリアみたいに美味しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなるな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る