31 烏の事情
あちらがあの大きな烏の姿ではなく、まるっきり人の姿できたものだから、加代には全くわからなかった。
けれど思えば、千吉だってまるっきり人に化けているのだから、烏天狗とやらも人に化けられてもおかしくはない。
――それにしても、本当に人にしか見えないものね。
千吉は先に人の姿の方で見知っていたのであまり深く考えなかったが、烏の姿が人になるとやはり珍妙なものだ。
加代が物珍しさを隠せず、しげしげと見つめていると、僧侶姿の男が事情を話してきた。
「全く、この子も本当は御山から出てはならぬ幼い身。
それが別の者に頼んだこの遣いの件を、まんまと言いくるめられて押し付けられたらしい。
揃って愚か者めが。
この子の今の姿とて儂が化けさせてやっておるだけで、自力ではできぬ未熟者であるというのに」
そう語る男に見下ろされ、少年の顔がしゅんと俯く。
つまり少年は、お遣いを怠けようとした者に騙され、勝手に御山とやらを抜け出してしまったということらしい。
「お前は特別優れた子だからと、口車に乗せられてな。
優れておろうと愚かだろうと、子どもは子ども、決まりは決まりだ。
決まりを破っていい理由には足らぬ」
そうきつい口調で叱られ、少年はますます顔を俯ける。
――けど、ちょっとなにかができるようになったくらいの子って、そういうことをするものよねぇ。
加代の弟大介だって、父について回っているうちにちょっと舟の動かし方を覚えたら、そのことに得意になって、父大造になにも言わずに勝手に舟で川へ出たことがある。
それでも結果戻れなくなって泣きべそをかき、舟で追いかけて来た大造に助けられ、こっぴどく叱られたものだ。
どうやら子どもというものは、人間でも「妖の者」とやらでも、同じようなものらしい。
「けど、今度のはちょいと悪戯が過ぎるってぇもんだ」
千吉がじろりときつい目で少年を睨む。
「今回の騒動で罪を犯した人間の中にゃあ、普通に生きてりゃあ、善良なままに一生を終えた人間だっていただろうに」
「……どういうこと?」
この言葉に加代がどきりとして問うのに、千吉が答えるには。
「ある時魔が差すというか、ちょいとだけ悪い考えが頭を過ぎるものの、実際にはなんにもしねぇってことが誰にだってある。
それを、こいつが振りまいた妖気が背中を押して、動かしてしまったんで。
だからあんなにも、連日盗人が捕まっていたんですよ。
いたずらに現世を乱しても、俺らにだっていいことなんてねぇっていうのに」
つまりそれは、今捕まっている罪人たちは心底罪人だったわけではなく、それこそもしかすると加代や大介、大造あたりが罪人になっていたかもしれないと、そういうことなのか。
家族が牢屋に入れられたかと思うと、加代もぞっとする思いだ。
「……そんなつもりじゃあなかった」
少年がぼそりと呟いたが、今実際に大勢の人たちが捕まってしまっているのだから、その言い訳はもう聞き入れられない。
「己のしでかしたことを心底理解できるまで、お前は御山から出ることは叶わぬと思え」
「……!」
男がそう告げたことに、少年はがばりと顔を上げて目を見開くと、ぐっと唇をかみしめている。
どうやら、「御山から出ない」というのは相当の罰らしく、そこまで言われるとは思っていなかったようだ。
子どもがうちひしがれる姿は見ていて哀れを誘われるが、だからと言って許せとは到底言えない。
しかし、あと一人というか、もう一羽の方はどうなっているのか?
そちらが悪さの大本だろうに。
「この子をそそのかした方は、どうなるんです?」
「あやつめは自慢の羽を毟ってやって、反省房に放り込んである。
少なくとも向こう十年は反省せねば出て来ぬよ」
尋ねるのにそんな答えが返ってきて、加代は頭の中に丸裸になった烏の姿を想像する。
かなり哀れな姿だろう。
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