17 夜中の騒音
加代が浜から帰り、遠山様の夕食の支度をして給仕を終えると、自身の夕食はささっと食べたら早々に部屋へ引っ込んだ。
なんだか気疲れしてしまった一日だった。
昨日は夢見が悪くて気疲れしていたというのに、今日の気疲れはきっと弟のせいだ。
二日続けての気疲れではたまらない。
――今日も早く寝よう。
そう決めた加代は、日が暮れてからの灯りの下での手仕事も早めに切り上げて、布団に入り込む。
しばらくそうしていると、自分の身体の温もりで布団も暖まってきて、とても心地よい。
子の心地よさですぐに寝れそうに思ったが、何故か疲れた割に目が冴えてしまっているようで、すとんと寝てしまえず、もぞもぞと何度も寝がえりを打つ。
「火の用心~!」
遠くで見廻りの声が響いている。
今夜はこの「火の用心」が、いつもよりも頻繁に巡っているらしい。
やはり死人の出た盗人の件があることで、より警戒しているのだろう。
――このお屋敷には、盗めるものなんてありはしませんよって。
加代はどこかをうろついている盗人にそう大声で叫んでやりたいが、心の内で唱えるだけに留め置いて、布団の中で目を閉じた。
それからまたしばらくすると、次第に加代にも眠気が訪れたようで、ウトウトとし始める。
けれど、その時。
ガタッ!
上から物音がした気がした。
「……?」
加代はせっかくウトウトしていたのが、また目がぱちりと覚めてしまった。
――どうせ、屋根の上を野良猫が歩いているんでしょう。
加代は気にせず、また目を閉じて寝ようとする。
ガタガタガタン!
だが、また音がした。
しかも今度は暴れているような激しい音であり、音も重たい。
猫だとしたら、かなり太めの猫なのだろうか?
「なんなの、もう!」
加代はたまらず布団を蹴飛ばして起き上がる。
安眠の邪魔もいいところだ。
頭にきた加代は猫だったら石でも投げて追い出そうと思い、障子を開けて外へ出た。
そして草履を足にひっかけて、屋根の上が見えるあたりまで行くと。
バサバサッ!
今度は大きな羽ばたきが聞こえる。
――猫じゃあなくて、烏だった?
間抜けな烏が夜中にフラフラしていて、屋根に落ちでもしたのだろうか? と加代は想像するが、生憎と月が雲に隠れていて、屋根上の様子があまり見えない。
するとそこへ、
「クサイ、オニクサイ!」
こんな甲高いような、しわがれているような、奇妙な響きの声が聞こえた。
しかも、屋根の上からだ。
――屋根の上に、誰かいるの?
自分の部屋の上で一体なにが起きているのかと、加代がよくよく目を凝らす。
すると風で雲が流れて月明かりが差し込んできて、これで屋根上の様子が幾分かはっきりと見えてきた。
屋根上には人のような大きさの影が二つ、揉みあうようにしているのがわかる。
ガタガタッ!
また物音がしたが、あれはどうやらそれらの足音のようだ。
――よくも、人の寝床の上で騒いでるものね!
加代は石を投げつけて追い払おうと、足元から石を拾っていると。
「夜に騒ぐな、行儀の悪い烏め!」
「オニメ、オニメ!」
その揉みあう影から、そんな会話が聞こえてきた。
――あれ?
加代は石を拾ったままの姿勢で、首を捻る。
片方は先程も聞こえた妙な声だが、もう片方の声に聞き覚えがあった。
あの声は、千吉のものではないだろうか?
加代はこの騒ぎが知った相手のものだとわかると、多少はドキドキと緊張していた気持ちが、どっと緩む。
全く、なにをしているのか知らないが、人騒がせにも程があるだろう。
「千吉さん? なにをしているの?」
石を手に握ったまま、加代は屋根上に問いかける。
「……!」
すると、人影の片方が即座にこちらを振り返った。
月明かりが逆光になっていて見え難いが、あの大男は声の通り、確かに千吉だ。
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