10 並んで饅頭
加代たちが菓子屋に到着した頃には、千吉も諦めたようで素直についてきたので、掴んでいた手を放す。
――ちょっと強引だったかな?
しかしこのくらいしないと、千吉が逃げそうな雰囲気だったのだから仕方ない。
千吉が菓子屋の横手に車を止めているのを横目に見つつ、加代は店内に声をかける。
「羊羹をくださいな」
この声が聞こえたのだろう、奥で作業をしている店の親父がこちらに出て来た。
「おや、お加代ちゃん……と、湯屋の釜焚きじゃあないか。
二人連れだってたぁ珍しい、どうしたんだい?」
親父は加代と千吉の組み合わせを不思議に思ったらしく、そう尋ねてくるのに苦笑する。
確かに、これまで加代は自分から千吉に近寄ったことがないので、湯屋の常連であっても、この組み合わせを珍しがることだろうだろう。
加代自身だって、千吉と連れ立って歩く日がくるとはびっくりだ。
「ちょっとそこで行き会ったもので。
それよりも羊羹をちょうだい。
お客様に出すものだから、うんと美味しいものをお願いね」
加代が話を羊羹に戻すと、親父がニヤリとした。
「そいつぁ困ったなぁ、なにしろウチの羊羹ときたら、どれもうんと美味しいからね」
「あら、そうだったかしらね!」
本気半分冗談半分の親父の言葉に、加代は親父と二人で笑い合う。
それから加代は羊羹を選び、包んでもらっているうちに、店先に並んでいる饅頭を物色する。
最近寒くなってきたので、蒸したての饅頭がとても美味しそうに見えた。
「あと、このお饅頭もちょうだい。
二つはここで食べていくから」
加代が選んだのは、甘酒の風味のする饅頭だ。
本当は急いで帰った方がいいのだろうが、掏りだのなんだので気持ちが浮ついてしまったので、ここで饅頭でも食べてから、一息ついて帰った方がいい気がするのだ。
でないと、お殿様に向かって妙なことをやらかしそうである。
こちらもいくつか包んでもらい、二つを皿で受け取る。
「茶はおまけさ」
「ありがとう。
こちらがお代ね」
饅頭の皿にお茶が添えられたので、加代は親父に感謝を述べてから羊羹と饅頭の代金を払うと、店先にある台に腰かけた。
「千吉さんも、座りなさいって」
加代がそう勧めるまで、ずっと二歩ほど離れた距離で立っていた千吉が、しぶしぶという様子で台に座る。
それでもなんとなく人一人分の距離を開けて座ったので、はた目からは知り合いなのか他人なのか、どう思われるか微妙な距離だろう。
そして、饅頭を食べながらも、二人で話が弾むわけでもなかった。
加代と千吉が離れて横に並びつつも、無言で饅頭を頬張っている姿を、通りすがった人は興味深そうな顔でちらっと見ていく。
――あたし一人ならともかく、千吉さんは目立つお人だものね。
江戸には色々な人々が集まっているものだが、これだけの大男となるとそうそういないだろう。
こうして妙に目立ちながら黙って饅頭を食べてしまうと、千吉が立ち上がった。
「饅頭、馳走になっちまいました」
「いいえ、これでお礼になったのかしらね?
千吉さんはこれからまだまだ仕事でしょうけど、頑張って」
ペコリと頭を下げる千吉に、加代はそう言ってヒラヒラと手を振る。
それからすぐに車の方へ行って握り棒に手をかけた千吉だが、ふと加代を振り返ると、どうしようかと思案顔の末に、口を開く。
「お加代さん、お気をつけなせぇ。
お前さんは『良い匂いのする』お人だから」
そう告げた千吉は、すぐに加代に背を向けて、車をガラガラとひいて去っていく。
「……あたし、焼き魚の匂いでも染みついてるの?」
加代はその後姿を見送りつつ、自分をクンクンと臭うのだった。
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