蟄伏のオオカミ様

@wildness

プロローグ


時は平安の末。

世は地獄であつた。

飢饉、火の災い、盗賊の繁茂、都の腐敗。


だがその中でも、花は咲いてゐた。

穂は実ってゐた。

若葉は芽吹いてゐた。


──筈だつた。


いろりよ!炉よ!待て!」


少年の声が、暗闇の中を奔つてゐた。


「私に!私に何も云はぬのは何故ぢや!」


返事は帰つてこない。


「後ろめたう思ふておるのぢやろう!お父上を一人にし、私を裏切ることを!」


・・・・・・


「炉よ!あの親孝行で優しいお前は何処へ逝つてしまふたのぢや!戻つてくるのぢや!」


少年は独り、暗闇に取り残されてしまつた。


「・・・・・・人が変わつてしまふたやうぢや。まるで、物怪に取り憑かれたやうな」


少年は絶望した。

冷たい夜風が吹き、赤とんぼが舞い、暗闇さへも彼を慰めてはくれなかつた。

硬い地面が跪いた膝を酷く傷つけた。


もう何も、実らぬ。

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