第15話 他人に、無責任に背中を押してもらいたい

すこし話は戻るのだけど、データで3人紹介されて、さすがにひとりに絞らなくちゃと考えていた。そのころのお話。


破談してまだ一年経つか経たないかという時期で、しかも婚約までしたくせにうまく行かなくて自信を失い、一歩踏み出す勇気を持てなかった。


いや、嘘だ。

単純に、自分がふたたび傷つきたくなかっただけだ。


過去と同じようなことが起こって、付き合いがうまく行かなくなるのが怖かった。


悩んでいた当時、会社で仲良くしていた同僚が誘ってくれた場所がある。

とてもよく当たる、と彼女は言っていた。


同僚の知り合いと言っていた。

占い師だった。




なんでも、彼女は霊感を持っていると言う。

ざっくり説明すると——


依頼者の波長を受け取って、知りたい相手の情報を読み取れる、らしい。



うん、胡散臭いね。わかってる。


でもね、そのときの私は、見も知らぬ赤の他人が無責任に発する、『大丈夫だよ』って言葉が聞きたかった。

たぶん、前向きに背中を押してもらえる人を求めていたんだと思う。



その昔、学生時代に占いをかじっていた(姓名判断やタロットカードを独学でやっていた)ので、アレの本質が人生相談であることは重々承知している。


たしかに生年月日や姓名だったり、タロットで占ってみて結果は出るんだけど、実際にはさほど意味がなかったりする。

相談者の悩みには迷いはあるものの、大抵は本人のなかでおおまかな答えが出ているから。


対話の中で、相談者が欲しいと願う答えを探り当て、こうしたらいいんじゃない?というアドバイスを行って満足して帰ってもらうのが、占い師のお仕事なんだよね。(客側があまりにも依存し過ぎて、その依存心を占い師が悪用して問題になった事件報道は、過去に幾つかあるけど)


迷いの解決に対し、あと一押しをして欲しくて、まったくの他人を頼るのが『占い』だと思ってる。




まだ建て直す前の歌舞伎座があった、銀座の通りの裏手だったかな。

小綺麗なビルの2階だかに上がると、窓から明るい日差しの入る事務所があった。

センスが良い家具が配置され、居心地の良い空間となっていた。

礼金はいくらだったか……30分で諭吉半人分だったかも。


占い師はとても感じの良い、小柄で清楚な、可愛らしい若い女性だった。

こちらから、占ってほしい内容を伝えた。



「いま、良いなと思っているひとがいます。同時に迷っています。前に破談になったひとがいて、また同じようなことが起こらないか不安です」



占い師に両手を握られて、ゆっくりゆったりした気持ちで、緊張しないように言われた。

大きく深呼吸したのちに、しばらく無言になる。


そして告げられた。


「彼は、清濁併せいだくあわせ呑む、とても大きなひとです。心配いりません、過去と同じことが起こるようなことは二度とありませんよ」



占い師としての霊感が本物かどうかは判別のしようがないけれど、彼女の言葉は力強く私の背中を押してくれたように思う。

そして現在。いまになってわかる。結婚後、長女の切迫流産で三ヶ月の入院をした。その後また入院となって次女を出産したとき、娘はNICUで心臓の手術を受け、一ヶ月で鬼籍に入った。そのときの夫の真摯な対応を、心ののびやかさをつぶさに見てきた。あの言葉はすこしも間違っていなかった。




思い出したエピソードがあるので、ついでに書いておく。

同僚から聞いた、上記の占い師さんの体験談。


上記の彼女のもとに、若い女の子が占いを依頼してきたそうだ。

やけに気に入られてしまったらしい。


占いを受けてからというもの、近所が職場だったのか毎日のようにやってきて、お昼ごはんを彼女の事務所で取るようになってしまった。


しばらくは黙ってようすをみていたのだけれど、あまりにも続くものだから、とうとう注意したそうだ。

依頼者がやってくるし、ここは仕事場なのでもう来ないで欲しいと伝えた。


ひどく傷ついた顔をされたらしい。

友人が欲しかったのかも、と言っていた。


いろいろな職業があるけれど、さまざまな人がいて、いろんな悩みがあるんだなぁと思った。

占い師も、なかなか悩みの多い職業なんだな……。

客である依頼者も、何か抱えていて癖のある人が多そうだもんね。大変だ。



あの占い師の女性は、今どうしているだろうか。

ふと思い返すことがある。



続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る