第13話 最後の出会い

最後の出会いを綴る。

このときもデータ交換が重なって、3人が同時進行だった。


ツヴァイのほうからも連絡が来てた気がするのだけど、さすがにキャパシティオーバーだった。


それぞれと会って、ひとりはお断り、ひとりは保留、もうひとりと再度会うために銀座に行っていた時のこと。

じつは待ち合わせの場所の確認をするために電話をしなくてはならなかったのに、相手の連絡先を控えるのを忘れていた。


ケータイの着歴でコールバックすることにしたのだけど、データ保留中のお相手の番号に間違えて連絡してしまった。


声で違う番号にかけたことに気づいた。

慌てて「間違えました」と言ってすぐに切ったのだけど、たぶん向こうは私だと気づいていた。声の調子でわかった。


ちょっと弾んだ声で応対された。あのときは本当に申し訳なかったと思う。

いまだに罪悪感が残っている。

夕食に鍋を出す店に入って、最後に率先して〆の卵雑炊を作ってくれた人だった。本当にごめんね。時期が重なりすぎてて余裕がなかったとはいえ、人とのお付き合いとしてはとても失礼すぎたと、20年以上前の話だけど今でも思い返す。




銀座で二度目にあった相手が、夫となる人だった。

初回はTシャツとジーンズというラフな格好だったので、仕事帰りの背広姿が新鮮に感じられた。


この日は一緒に映画を観て、食事した。たしか焼き鳥屋に入った……気がする。

映画が趣味で、年間200本観ると言っていた。彼は仕事が忙しく、毎日深夜まで残業で、しょっちゅう終電を逃し職場に泊まり込みになったりする(当時は休日出勤も多かった)。

それでも、時間ができれば休日一日使って3本以上をハシゴするのはざらだったそうだ。(そして映画館で寝ることも多かったらしい)


初めて会ったのは横浜の喫茶店だった。

やたらとディベート調の対話を好む人で、知識量が半端でなく、もはやこっちのチープな知識ではかなわない。

言い負かされる圧倒感が強くて、正直なところ、初対面の印象はかなりよろしくなかった。


人見知りなのか、ふだんは仏頂面をしてるのになぜか会話はよく続き、こちらの話題に興味を持ってくれる。そしてふと屈託なく笑う顔がよかった。

ものを考えるときに視線が上がって、薄目と白目になるクセがある。


容貌が、いままで会ったことのないタイプだった。野茂英雄氏と悲壮な顔したニコラス・ケイジを足して、謎の中東イラン系人で割ったような顔をしていた。

腹は出てるが、肩が張っていて尻から下の姿は普通くらいの筋肉がついて悪くない。全体の雰囲気は、ポケモンのヒノアラシに似ていた。


ちなみに不思議な色選びをする人で、わずかに灰色がかった濃いめのピンクのくたびれ気味のTシャツでデートに現れたときは、わりと衝撃を受けた。

「この色、どこのメンズショップで手に入れたんだろ……ってか、国内で売ってるのかこんな色(大概に失礼)、しかもそこそこ着古してるし……この色をずっと身につけようと思うとは……かなり個性的な……」と思ったのを覚えている。

このあとバスに乗って、ズーラシア動物園に行って丸一日かかっても回りきれず、私が持って行った手弁当を食べ、閉園まで歩き通しで過ごした。


動物園は子供の頃に行ったきり、これといって動物に興味はないという。(なぜここに着いてきた、とも思うが、現地では楽しそうだった)

当時、私の自宅で買っていたシェルティ(コリーの小型犬種)がやたら他人に吠えつく犬で、家にくるようになっては毎度ビビりまくっていた。


美術館と博物館には、私が誘うまでは自分から行こうと考えたことがなかったらしい。


数学に長けていて、いわゆる『数学おばけ』(=卓越した計算力で突拍子もない方向からアプローチでき、東大の入試試験でも解ける才を持つ)と呼ばれるタイプだった。

理数系なのに、妙に柔軟性と共感力がある。


最初の印象はよろしくなかったけれど、これまでの経験から何度か会わなければわからないこともあると思い直した。

昔の自分だったらば、この時にデータ返却していたかもしれない。


次の約束をして、なんか悪くないな、と思うことが増えて、気づいたら3ヶ月が過ぎていた。



前出のライブ友に上記の話をしたら、


「最初の印象が良くて次から悪くなっていく減点方式より、最初の印象が悪くて次から良くなっていく加点方式のほうが、恋愛は上手くいんだよ」


って言われた。

すごい納得して、いまでもセリフを覚えている。


彼女の実体験だったのか、雑誌かテレビかで得た知見だったのかはいまとなってはわからない。

けれど、名言だと思った。




何度目に会った時だったか……、昼食のあとにショッピングビルのフロアでイベントが行われていたのを見つけた。

だれでも参加できるもので、大きな世界地図が張り出されていて、イベントスタッフのお兄さんが指した国名を当てるクイズをやっていた。


地図はアフリカ、細かく線で区切られた、どこだかもよくわからない場所を指し示される。

彼は、ほぼ悩むこともなく言い当てる。


いやあ、びっくりした。

なんで知名度低そうな国名まで知ってんの、と思った。


5ヶ所、ポンポンと答えていく彼に、スタッフのお兄さんたちも驚いてた。

「すごいですね」って言われてた。


後から知ったのだけど、国内の都道府県庁地とか横浜の全区を全部言えたり、新幹線の駅名を言えたり、各国の位置、国名、国旗とかも良く知っていた。

日本の歴史も好きで、戦国武将の名称にも詳しい。


なんというか、大学受験をきちんとやってきた人の知識量って……こんな博識なのか……と愕然としたというか、努力も半端ないことを思い知らされた。



夫いわく、私と付き合うまでは「掛け算が一部怪しい」「計算がすぐにできない」人間が、世の中に存在するのが信じられなかったらしい。

周囲の人種が自分よりできる職場にいたから、人類の大半——は言い過ぎにしても、半分くらいは勉強できないってのがピンと来なかったそうだ。


こんな人がどうして自分を気に入ったのか、よくわからなかった。


ただし、知識が多いながらも不得手な分野はあるらしくて、妙なところが抜けていた。




地下街を一緒に歩いていたら、店先に秋のディスプレイとして飾られてたものが目に入ったらしく、尋ねてきた。


「アレなに?」


わかんないなんて珍しいな、と思った。

もしかして、こっちを試してる?

なんて思いつつ、冗談で「稲だよ」って答えたのね。そしたら、


「そうなんだ」


って素直に納得するもんだから、えって思った。

麦だよ、アレ。麦の穂。

見たことないんかい、と驚愕しつつ、知識の偏りがおかしくて笑ってしまった。


見たことはあったけど、興味がなくて覚えてなかったんだって。



なんでも生物や植物に興味がなくて、妙なところでふつうなら知ってるよね?ってことを知らなかった。


仕事で忙しいせいか、巷の流行にもうとかった。

SONYの犬型ロボットのAIBOとか、トヨタの二足歩行ロボットのASIMOとか技術展示会でお披露目されてニュースで取り上げられたりして、知ってる人は多かったように思うけど、そのあたりの知識は彼にはまったくなかった。

(私がいた職場では、工業技術やデザインに長けた人が多くて、皆が興味を持って話題にしてたのもあるかもしれない)


博識と知らないもののアンバランス感が絶妙(?)で、一緒にいて退屈することがなかった。



続く。

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