第24話 触発されて
「またいっぱい買ったなあ」
「柚木こそじゃん」
「俺はグッズにつられて……」
心春と共に缶コーヒーを片手に校庭に入る。
「あはは……あっ、まだちょっとはやいから喋っていこうよ」
「お、おう……」
校舎の側にある休憩スペース。
そこには自販機とベンチがあり心春はそこを指さす。
普段は朝の子の時間でも誰かが座っていることが多いが、今日はたまたま誰もいなかった。なぜかさっきから心春は小走りに移動していて、油断すると柚木は引き離されてしまう。
「「ふう……」」
お互い一息ついて、缶コーヒーに口をつけた。
先ほどの心春の言葉が頭を過る。
自分がどうなりたいか、か。
そんなこと近頃は考えたこともなかったな。
その当の心春は缶を少しもじもじして弄んでいて、そんなところは初めて見ることもあり新鮮だった。
「な、なんだよ、どうかしたのかよ……?」
「へっ、ああ……あんな動画見せられて、落ち着かなくなっちゃってさ」
「それは、まあわかるな……」
1つのことに打ち込む姿はたしかに見る人の気持ちを動かす。
それはスポーツも芸術活動も同じで、柚木とてそういう頑張る人たちを見れば否が応でも刺激させられる。
「なんか超刺激的だったから、触発されちゃいそう、みたいな……よしっ、ちょっと迷ってたオーディションがあるんだけど頑張ってみようかな。受けるってマネージャさん電話しとこ」
「……」
すぐさま電話でやり取りする心春を見て、改めてその行動力に感服する。
「えっ、会って説明! なら今すぐ行きます」
「ちょ待て! 学校あるだろ。何もそのオーディションがすぐってわけじゃねーだろ」
「……はい、今日夕方ごろに時間作れます――失礼します。ふう」
電話切った心春はちょっと満足顔で、傍で言葉をはさみその行く末を見ていた柚木はどっと疲れが出る。
「たくっ、躊躇とかないよな、ほんと……」
「柚木だって小さいころは同じ感じだったじゃん……」
「俺が……いやいや、それはねえだろ」
「昔のことあんま覚えてないみたいだけど、己を知るために必要じゃんそれ……」
「……あとで妹にでも聞いてみる」
校庭を横目で見れば、野球部やサッカー部が練習していた。
スポーツにも力を入れてる学校ということもあり、入学時からその分野で活躍したい、プロになりたいと思ってる子もいるんだろうなと見ていると、1つの練習だけ見てもその熱意の差が見て取れた。
それは学年の違いもあるのかもしれない。けど……。
「どうしたいか目標を定めることによって、見えてくるものってあるよね」
「ほんとそうだな」
「ゆず……」
「んっ?」
「うんうん、なんでもないない……よしっ、教室いこっか」
「おう」
何か言いかけた心春が少し気になったものの、その後はいつも通りの彼女だったこともあり柚木はあえて聞かなかった。
授業中はノートを取りながらもなりたい自分を模索していた。
だが考え方を変えてみても、なかなかこうなりたいとはぱっとは思いつかない。
師範のように道場を切り盛りする、将来的にはそれもいいかなとは思うものの、もっと根底的に剣を振る理由を見つけた方が、見つけないとと思考が逆戻りしてしまい……。
頻繁に頭を抱える。
そもそもどうして剣道を始めたんだっけ?
最初のきっかけが何だったのかすら覚えていない始末で苦笑するしかなかった。
そうこうしているうちに陽が暮れて家に帰りながら、師範の言っていた己を知ることという言葉が浮かんでいた。
そういえば小さいころ、自分は何になりたかっただろう?
「ただいま……って玄関にいたのか……」
「あっ、兄貴お帰り」
「なんかあったのか?」
スマホを見ながら何かそわそわしている萌々に尋ねながらソファへと移動する。
「その、心春さんに遊びに来るように誘われた……」
「へえ、前に送って行ったから場所覚えてるし、そんなに遠くもないぞ」
「兄貴も一緒にって言われてる……」
「……それいつ言われたんだ?」
「ついさっき。家にも来たいって」
「俺は別に構わないぞ。もしあれなら日付とか明日あった時にでも都合のいい日聞いておくよ」
「うんっ!」
萌々の顔を見れば心春の家に行くこと自体は嫌ではないようだ。
あの舞台挨拶からまだ数日だが、女子3人は柚木の知らないところでメッセージのやり取りをしているらしく時間が経過するごとに仲良くなっているように見える。
いや、いまはそれよりもちゃんと考えないとと、額を軽く何度か叩いた。
「うーん」
「変わったよね、兄貴。前は悩んだりしたらすぐ竹刀振りまくってたのにさ」
「そうだったか……なあ、小さいころ猪突猛進みたく突っ走ってたっけ?」
「うん。こうしようと思ったらすぐ色々やってた気するよ」
「心春の言った通りかよ……俺、どうして剣道始めたんだっけなあ?」
「そこ忘れたの……アニメに影響されてじゃなかった? 萌々も兄貴の影響でアニメ好きになったし」
「えっ、そうなの……?」
「そうだよ。ちょっと待ってて、兄貴が小さいころ影響されそうなアニメ持ってくるから」
少しして戻って来た萌々の手には大量の円盤が抱えられていた。
「お、おい、そんな見れるわけねーだろ……」
「最初の1話だけなら、ご飯の時とか見てればすぐだって!」
すぐの訳はなく、だけどこの中に小さいころ影響を受けたものがあるならと、夜遅くまで第1話鑑賞を続けた。
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