第23話 認められたい
もうすぐで学校というところで柚木と悠斗は立ち止まり、スマホの画面を見つめていた。
なにしてるんだというように、追い越していく生徒が2人に訝しげな視線を向けている。
『じゃあ撮影させてもらいます』
『ご自由に』
水城が添付してくれた動画には葵の道場での練習風景が撮影されていた。
真面目で素質があり、かつ練習熱心。それが柚木から見た剣道をしている柊葵の今までのイメージ。
動画は短くカットされてはいるが、基礎練習にメントレ、そして試合で構成されていた。
そこに写る彼女はより強い意思を持ったように、練習とはいえ鬼気迫るようで、一心不乱に練習に打ち込む様はまるで獣みたいな雰囲気があって……今までの葵とは違って威圧感も増して怖いくらいで、悠斗と思わず顔を見合わせる。
「なっ、鬼か獣みたいだろ?」
「ば、馬鹿。そう映るけど、可愛さは変わんねーだろ」
「可愛さはな、こええけど……」
やがて試合の映像に切り替わった。
相手は高校生というより大学生か大人にみえる。
その誰もが有段者だろう。
にもかかわらず、攻撃こそ最大の防御といように一切の迷いなく攻める。
映像じゃわかりにくいが、床を踏む力も強くなっているようで、だから間合いを詰めるのがやたらはやくて相手はその対応に遅れ、気づいたときには一本取られている、そんな感じだった。
「お、おい、葵さんってこんな強かったか……?」
「いや、どうやったかはわからないけど、短期間で飛躍的に強くなってるな」
葵の才能はずば抜けてたし、呑み込みも速かった。
だけどここまで強くなれるとは……。何をしたのだろうと気になる。
しかも映像でこれだ、実際に試合すればおそらくもっと。
「おい、下にももう一個動画があるぞ」
「ほんとだ……」
『葵ちゃんにもおんなじこと聞いてみたよ。ではどうぞ~』
そんな水城のメッセージの下のもう一つの動画を再生してみる。
『今の目標ですか……倉木君に勝つ。それ以外はありません。あの憎たらしい彼にとにかく勝ちたいです』
インタビューを受けているときはいつも通りの葵だった。
自分よりも葵の方が二面性じゃないかと思うと共に、葵の目標に思うところがある。
「……」
「いいよなあ、葵さんに目標にされてるなんてよ。それがどんだけ幸せなことか……って、どうかしたのか?」
「い、いや……」
彼女の目標。それはまるで少し前の自分を見ているようで、近いうちに試合しないと何だろうなと思う。
「ふーん。この子柚木に勝って、柚木に認められたいんだ……」
「っ?! 心春とみんなも……」
「柚っち、女子とも試合してんの」
「この子、強そうですね……」
いつの間にか心春とその友達たちが傍にいてスマホを共に覗き込んでいた。
「おはよー柚木、それから、えっと、そっ、悠斗君」
「名前覚えてくれて嬉しいぜ、小城さん」
「いつからいたんだ、全然気づかなかった……」
「あはは、試合見てるとこからみんないたよ、めっちゃ真剣にみてるんだもん」
「あれ、なんか……?」
なんだか、心春の言葉が胸に刺さった気がしてと思っていたら……。
「柚木、向こうの自販機にスパシスのグッズが当たるキャンペーンやってるって書いてあってさ、ちょっと買いに行こう」
「へっ、おい引っ張るな」
「はやく、はやく」
いつもの通り問答無用で引きずられるように連れていかれる。
「なあ、さっきなんて言ったかもう一度聞いてもいいか?」
「んっ、スパシスのグッズが当たるキャンペーン」
「じゃなくて、その前だ。葵のインタビュー見た時……」
「ああ、柚木に勝って認められたい」
「っ! そう、それ……つーか、俺は葵のこと認めてるけどな」
そうだ。心春はちゃんとなりたい自分を定めて、そこに一直線に向かっているんだ。
誰かに勝ちたいとか、将来のことを考えてこうしたいとかって感じの目標は正直今はピンとこない。
でも、なりたい自分を見つけることなら……。
「ほんとに? あの子の全神経を対柚木に向けてるのみて、ちょっとうらやましく思っちゃったよ……」
「ほんと、だよ……」
「ねえ、インタビューでなんかあった?」
「……ちょっと目標答えられなかったから、考えてる最中なんだ」
「そっか、そっか」
「うん……その、ありがとう」
どうなりたい?
どうすれば今の自分を超えられる?
全然わからないけど、でも、こっちの考え方の方がなんだかしっくりきた。
だから自然とお礼を言ってしまう。
「なんだよ、それ……あたしはたいしたことしてないじゃん」
「そうでもねえよ……心春の目から見て葵はどう映った? 強さ的なことで……」
「うーんと、それまでを見てないから、どれくらいだったかはわからないけど、凄く強いね。たぶんもっと強くなる、みたいな。あと、めっさ可愛いじゃん、色んなコス似合いそうだなあって!」
「……お前もブレねえなあ。ほら、なに買うんだよ?」
「りよたんといったら、キャラメル珈琲しょ」
笑顔で自販機のボタンを押す心春に柚木はやれやれと肩を竦め、小銭を投入していく。心春のことだ、どうせ一本じゃ足りないだろう。
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