2-7 幼馴染=腐れ縁

 今日は親が居ないからリビングのテレビを使って大画面でゲームでもするか。コーラにポテチもあれば完璧だな。そんなことを考えながら帰路につき、家に着いた瞬間、違和感を覚えた。


 なぜかリビングから明かりが漏れている。母さんたちは飲み会で遅くまで帰ってこないはず。予定よりも早く帰ってきたのかとレインを確認すると、特に早く帰るという連絡は来ていない。まあ、連絡を忘れることなんてよくあることだよな。


 気にせず家に入り、自分の部屋に直行してテーブルに飲みかけのタピオカミルクティーと買ってきた漫画を置く。そしてリビングに向かうと、近づくにつれてスパイスの匂いが強くなっていく。この匂い、まさか。まさかな、あはは。


 俺が忘れていたこと。いや、忘れたかったことは――


 少しだけドアを開けてリビングの中を覗くと母さんと親父、それと七海がテーブルに着席して楽しそうに雑談をしていた。俺は忘れていたのではなく、一時の安息を得たいがために七海の訪問を忘れたかったのだろう。


「ななちゃん、バスケットボール部に格好いい男の子とかいるんでしょ。気になる人はいないの?」

「そんなのいないですよ。ほら、私って背が高くて可愛くないので」

「そんなことないわよ、七海ちゃんは十分可愛いわ。告白されたことが何度もあるんじゃない?」

「え、えへへ。そんなことないですよー」


 七海の場合、背が高いのは関係ないだろ。見た目だけは普通に可愛いのに、それ以外の部分が全てを台無しにしている。今も母さんにおだてられていることに気づかず、井戸端会議をしている近所のおばちゃんのように、身振り手振りをしながら喜んでいる。


「……ん? ああ、やっと帰ってきたのか昴。今日は十八時に家に居ろって母さんが言ってなかったか?」


 親父に気づかれてしまい、観念してリビングに入る。


「あ、ああ。ちょっと買い物に出かけていて……じゃなくて、どうして親父たちが家に居るんだよ」

「そんなの自分の家だから当たり前でしょ。全くもう、今日の主役を置いてどこに行ってたの? これでやっと夕飯が食べられるわね。ななちゃんがお腹を空かせて待っていたのよ」

「は? 何を言って……母さんたちは今日、飲み会って言ってただろ」

「誰がそんなこと言ったの? ななちゃんが大会で活躍したから、お祝いに一緒に夕飯を食べるってちゃんと言ったわよ。昴が呼ばないから私が代わりに呼んだの」


 今日届くと言っていた荷物は、やっぱりコイツのことだったのか。荷物は荷物でもお荷物のほうじゃないか。たしかに母さんは俺に家に居ろと言っていただけだ。くそっ、騙された。こんなことならニャオンのゲーセンで時間を潰せばよかった。苦虫を噛み殺したような顔で睨む俺には目もくれず、母さんは素知らぬ顔でキッチンへ向かった。


「俺はさっき食べてきたからパス」

「せっかく七海ちゃんが来てくれたんだ。夕飯くらい一緒に食べなさい」

「昴が帰ってこないから料理が冷めたじゃない。今から温め直すから、昴は、ななちゃんと一緒に部屋で待ってなさい。時間が経てば小腹も空くでしょ」

「いや、だから俺は夕飯要らないって言って……」


 助けを求めるように親父を見ると、母さんの言葉に同意するかのように頷いた。どうやら、俺の味方はこの家には一人もいないらしい。


 ……いや、まあ。高校にもいないが。


 自虐しながら俺の部屋にたどり着くと、七海は借りてきた猫のように無言でベッドに腰かけた。出かける前に会った時のテンションとは打って変わって今は妙におとなしくて気持ち悪い。


 なんで母さんたちは幼馴染ってだけで俺と七海をくっつけようとしたがるんだ。幼馴染と言えば聞こえはいいが、ただの腐れ縁でしかない。お互い異性として意識なんてしていないのに迷惑な話だ。深いため息を吐くと重い口を開けて話しかける。


「大会、活躍したんだって?」

「うん」

「あー、その。おめでと」

「ありがと」


 駄目だ、会話が続かない。あのままリビングに居て母さんたちと楽しく話していればいいものを、どうして七海は俺の部屋にきたんだ。重い空気の中、七海が呟いた。


「……ねえ、すばるん。私がすばるんの家に来たの、怒ってる?」

「なんだよいきなり。母さんに呼ばれて来ただけだろ?」


 唐突に何を聞くんだ。今日は母さんに招待されて俺の家に来ただけ。そもそも子供の頃なんて、何も言わなくても毎日のように家に遊びに来ていた癖に。それに高校二年生になっても相変わらず俺をそう呼ぶ七海に呆れるのと同時に懐かしさを感じる。


 昴だから、すばるん。いつの間にか俺をそう呼ぶようになり、年を重ねてもそれは変わらず、中学でどのあだ名で呼ばれた時はちょっと……いや、かなり恥ずかしかった。呼び方を変えろと注意をしても一向に直らなかったから学校で無視したこともある。なんと言っても男子中学生なんて反抗期真っ盛り。無視するなと言われても無理な話だ。


「それなら、怒ってないの?」

「……怒ってるわけないだろ」

「そっか。そうなんだ」


 七海はそう呟くとテーブルに置いてあったコップを手に取り勝手に飲み始めた。そんな幼馴染の変わらぬ傍若無人な行動に、どこか安堵する自分がいる。これが七海以外なら勝手に飲むなと文句を言っていたところだ。


「ぷはぁっ。えへへ、喉がカラカラだったから、ちょうどよかった!」


 勝手に飲み物を飲まれるのなんて子供の頃、それこそ保育園からの付き合いで日常茶飯事。そういえば虫歯になるのも風邪をひくときも同じ時期だったな。それも七海が最初で、その次が俺。


 もしかして子供の頃の俺の病気は全部七海が原因だったのか?


 そう考えると少しムカついてきた。


「これ、タピオカミルクティーだ。カエルの卵みたいで気持ち悪いから二度と飲まないって子供の頃に言ってたよね?」

「……まあ、たまには飲んでもいいかなって思ったんだよ」

「ふーん。そっか。それにしても、この部屋は昔と変わらないね」


 ……ん?


 何かひっかかる。これを飲んだ一ノ瀬さんも、子供の頃の俺と似たような気分になったと感じたからアイスコーヒーと交換した。つまり、このタピオカミルクティーは一ノ瀬さんが飲んだもので、それを俺は一ノ瀬さんの目の前で飲んで……って、そうか――


 俺は本人が見ている前で堂々と間接キスをしたのか!


 一ノ瀬さんが顔を赤くした理由を理解すると、今更ながら顔が熱を帯びていく。次に会う時にどんな顔をすればいんだ。俺の異変に気づいたのか、七海がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。


「なあに、すばるん? 成長した幼馴染が、目の前で間接キスをしたのを見て興奮でもしたの?」


 その言葉で一気に冷静になった俺は、真顔で答えた。


「ないな。うん、それはない」

「なーんだ、つまんないの」




 ―――――――――――――――

 より道ワルツ【レイン】


 通話やメッセージのやり取りをするための架空のSNSアプリ。一言で書けば○イン。とあるゲームにもレインというアプリが登場するため、ゲームネタと言えなくもない。


 よくSNSとSMSを間違う人がいるが、SNSとはSocial Networking Serviceの略で○インや呟くアプリのようなものを指し、SMSとはShort Message Serviceの略で電話番号で短いメッセージの送受信をするもののこと。

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