女の朝



 神楽 雪乃の寝起きは最悪だ。




 朝七時十五分過ぎ、けたたましく鳴り響くアラーム音にやっと気付いた雪乃は、アイマスクに親指を掛け顔を顰めながら外すのだ。



「ぅうー…寝坊しだー…」




 開口一番、時計を見た事を後悔する。



 春と言えど、まだまだ乾燥してる今日この頃。唇はカサカサ、喉はガラガラ。ドライアイで瞼は重い。




 そして未だに鳴り響くアラームを消しに行こうと布団から出るが…ズドン!と大きな物音を立てながら床に落っこちてしまった。




「いててててて…」


 

 幸いにも布団に包まった状態だったので、大した怪我は無し。寧ろお陰ですっかり目を覚ました。




 さて、今度こそアラームを消す事に成功した雪乃は、下に降りると洗面台で顔を洗った。



 お気に入りのヘアバンドは、学生時代に友人から貰った誕生日プレゼントのスキンケアセットに付いていた物だ。




 使用歴数年が経過したそれは、縫い目がほつれて使用感がある。人から貰った物を大事にする精神は誇るべき…。



 洗顔後は部屋に戻って、化粧水乳液美容液を次々と塗りこんでいく。



 ツルツル艶々なベースが出来上がると、見事な早技で化粧を完成させてみせた。


 やはり元のパーツが良いと、余計な事をせずに済む。



 髪の毛は適当に一纏めにし後ろで結べば完成。




 本日の予定は、プラチナカンパニーの上層部会議。その後は、取引先の会社への訪問などなど…。



 主な雪乃の仕事は広告塔で在るが故、接待等が主な役目となっている。








 女子大在学中から両親両者に呼び出され、自分を一方的に知る爺さん共の相手、対して美味しくもない苦い茶を泡立てる着物正座地獄。



 様々な人物と接触し、似たり寄ったりな上級国民の褒め合い貶し合いのオンパレードを聞き過ぎた雪乃の耳には、いつしか完全防備フィルター(聞こえてないフリ)が付いてしまった。



 だがしかし、雪乃もたった一人の人間。それはどの人間とも変わらずで、心というのは正直だ…。



 外部からのストレスを受け、完成してしまったのはその性格。



 先程割愛した『◯ネ』ワードは、自分に害を為す者には必ずと言っていい程、心の中で吐き捨てる。極偶に口に出す事もあるが、相手の耳に入る事はほぼ無い。






 さて、とウォークインクローゼットの中へと入っていった雪乃は、先日購入したばかりの某ハイブランドの新作ワンピースに袖を通す。



 それは結婚した当初に招待されたブランドの新作展覧会で受注しておいたオリジナルサイズの品物である。



 春はあけぼの…本日は寝坊助でございましたが、普段はしっかりと起きる。と雪乃は自称します。



 実際のところ、朝は非常に弱い。それでも遅刻ゼロなのは、彼女のセンス?



 着替え終えた後、姿見の前で吐かれたひと言は…




「やっぱダサかったわね。」




 自分の好みではなかったのか、ハイブランド品にケチを付けるのである。




 これが神楽 雪乃(旧姓:白金)の出勤前のルーティンである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る