政略結婚から始める熱愛偽装
吉野
夫婦とは?
なんの偶然か…11月22日(いい夫婦の日)にお見合いをしそのまま結婚をした夫婦が居た。
ゼネコン業界の最大手
最大手の会長子息子女の結婚とだけ言葉を並べれば、まあ凄い。と平凡な回答が返ってくるだろうが…。
“今世紀最大の美形
その男女、幼少の頃からメディアから注目を浴びる程の美形っぷり。
自社広告には必ずと言っていい程に出演し、大々的な世間への露出で、国民の誰しもが一度は目にした事が有る顔ぶれ。
そんな両者が順調に大人へと成長し、業務提携の為とはいえ、結婚したとなれば…
「相手があの子(人)なら…何も文句は言えない。」(街頭インタビューにて)
美男美女故に、多くのファンが付く両者。芸能人の熱愛報道でさえ、相手へのバッシングは強烈だ。
だがしかし、互いのレベルが均等過ぎて、もしも文句を垂れようものならば、他のファンに召されるだろう。
世間から愛された二人。そんな夫婦が、実は…
「夫婦って何するんだ?」
「知るわけないでしょ!」
結婚後、一切の干渉をしていないと知ったら…
『政略結婚から始める熱愛偽装』
春うらら、桜舞う美しい情景が広がる日本庭園にて、国中のありとあらゆる業界人達が集う花見会が開催された。
この会場の演出者は、神楽組が主体として担い、来賓者の持て成しに尽力していた。
庭園内に建てられた歴史ある建造物の中では休憩所を設け、豪華絢爛な生け花が顔となる。
「皆様本日は、お忙しい中お集まりいただき有難う御座います。」
訪問着姿の複数の婦人の前で、極めて可憐かつ強かな雰囲気を放つのは、撫子色の色留袖で粧した神楽家の新妻だ。
透き通る様な純白な肌。余計な事をせずとも美しいお顔の作り。しゃんとした背筋は洗練されたもの。
どの角度から観察しようとも隙一つ見せない完璧な女性。
それが、神楽
「お日柄にも恵れ、今日という素晴らしい会を迎えられた事を嬉しく思います。咲き乱れる桜には見劣り致しますが…屋内の生け花を私が担当させて頂きました。」
色彩鮮やかな春の装い。それを背景にするも、より一層己を際立たせられるのは、恐らく
彼女だけだろう。
挨拶もそこそこに、拍手喝采で会が始まると、押し寄せるご挨拶の嵐を掻い潜り姿を消した雪乃は、来賓者から見えぬ位置へと辿り着くと、肩幅程に脚を広げ背を丸くした。
「…ったく、あの野郎何処行きやがった。」
その声色は、つい先程まで同じ口から発した物とは思えない程の低さ。尚且つ、口調は荒々しい。
仕切り布の裏には、庭園内を隈無く見渡せる監視カメラの映写室が在る。
雪乃は怒り心頭に息を荒らげながらそこへ辿り着くと、警備員を押し退け椅子に掛けると、血眼になりながらモニターを凝視し始めた。
「奥様如何なさいました⁉︎」
「あいつよ!あいつ!!あの男はどこよ。」
「…あ、あいつと言いますと?」
「あの男に決まってるでしょ!!」
はて、あいつとは何者を指すのだろうか。傾げた中年の男は、かの有名な白金のお嬢様の豹変振りに、動揺を隠せないでいた。
「あいつって言ったらよ…あいつよ…。」
次第に落ち着きを取り戻し、その場で項垂れだす雪乃は艶っぽくも憂いており、傍で見ていた警備員は生唾を飲み込んだ。
暫くその場から動けずにいると、背後から忍び寄るのは男の影…。
神楽
『か〜ぐらか〜ぐら。なんでもおまかせ、か・ぐ・ら!』
その男、神楽 政宗が幼少期の頃に出演したCMにて、このキャッチフレーズを歌いながら踊る姿を…。
子供用サイズの作業着に袖を通し、安全ヘルメットを被った神楽の御曹司は、当時『可愛い』だの『自分の息子にもコスプレさせたい』だのと…きつい・汚い・危険の悪いイメージが蔓延る建設業界に、希望の光が差し込むのだった。
だが一方で当人は、「未だに、モノマネする奴が居やがる…。」あのCMは黒歴史なのだと語る。
そして、例の白金の令嬢との結婚を機に、夫婦それぞれの輝かしいメモリアルがメディアで配信されると、今の若者達にも昔の映像が知り渡られ、某SNSでは再現動画が人気となり、政宗の羞恥心は限界に達しようとしていた。
「俺の記憶を消すスイッチが有るなら、直ぐに押したいもんだ。」
齢二十五歳、国内最大手ゼネコンのグループ次期社長となる予定の政宗だが、頭の中には水色の猫型ロボットが思い浮かぶのである。
本人は自分の事をお子ちゃまだとは自覚していないが、実家の倉庫には捨てられずに取ってある思い出の玩具が山程眠っているのだ。
古くからの使用人が処分の提案を促すものの、本人は「捨てるな!」の一点張り。
だがしかし、この件に関しては他の家族には内密にしろとの徹底振りだ。
果たして彼は、無自覚なのか判断がし難い。
そして結婚を機に、白金家の会長から譲り受けた新築の御屋敷には、政宗専用の書斎が存在するが…そこには、仕事関連の資料などが並ぶ最中に、趣味の愛読書(少年漫画)がコーナー化していた。
それは勿論、雪乃は知らない政宗の一面なのである。
二人が初めて顔を合わせたのは、お見合いの日。去年の11月22日。
お互いかなりの有名人として存在していたが、その日まで一度たりとも生の姿を見掛ける事は無く過ごしてきたのだ。
最大手プラチナカンパニーの究極の美人令嬢を初見した感想は…
「強靭そうな女だ。」と女性の褒め言葉としては最悪な一言を溢し、見合い中の雪乃を一瞬で怒らせた張本人だ。
だがしかし、お互いに親の命令には逆らえない。
初めてのお見合いだが、これを決めなければならないと強い思念を抱き、尚且つ容姿だけは妥協はしたくなかった互いの一面から、直ぐに結婚へと踏み出た次第である。
そして誕生したのが、今世紀最大の美形夫婦。
結婚後、それぞれの会社ホームページ上で発表された結婚報告は、瞬く間にメディアで取り上げられると、二人の結納式には数多くの取材陣が押し寄せ、週刊誌は飛ぶ様に売れた。
白黒の記事に、モノクロの黒歴史。
屋敷の人間しか知る由もない個人情報はダダ漏れる始末…。
学生時代の友人からは祝いのメールが相次ぎ、それをひとつひとつ御礼の文章を打ち込むのは気が遠くなる作業だった。
仕事と結婚の両立は、二人にとってストレスでしかなく、それぞれが忙しく過ごす毎日を送り、気付けば年が明け、そして年度末決算の繁忙期を過ぎると、あっという間の春。
ここで問題が生じた…。
「定例の花見会は、二人に任せる事にしよう。新婚良縁であることを皆さんに魅せなさい。」
それは両家からの突然の伝令。
お見合い、結納式の二つの行事を遂行し、互いに干渉しない日々を送ってきた両者は、目を点にした。
結婚したら夫婦。その夫婦とやらが何か分かってない。
お互いに異なる生活習慣を送り、同じ屋根の下に居るにも関わらず、姿を見掛ける事は皆無。
世間で言うすれ違い夫婦のレベルを極限に極めた二人。
ここにきて初めて妻の番号に電話を掛けた夫。
「ーーー…相談がある。今夜時間を作ってくれ。」
「私も連絡しようと思っていたわ。」
似たもの同士?否、生い立ちが類似すると、自然とそうなるものなのか…
「今夜八時」
「リビングで」
その夜、神楽夫婦は定刻通りに集結した。
チクタクと大きなノッポのアンティーク時計が時を刻む最中、二人は全く同じ体制でダイニングテーブルに座る。
仕事終わりでスーツ姿の政宗。そして同じく、専業主婦にはならなかった雪乃もまた、他所行きのワンピース姿で、テーブルの上に両肘を立て顔の前で両手を組み、その左右から相手を睨むのだ。
「…聞いたか?」
「えぇ…勿論。」
まさかこんな日が訪れようとは、夢にも思っていなかって二人。
久々に夫婦の会話は、まるで死への瀬戸際。漂うオーラはドス黒い。
結婚は出来たものの、人として好きになれそうにない。そんな二人の前に立ち塞がるのは、共通の言葉。
“良縁”…頭の良い二人だから意味は理解出来る。だがしかし…
「夫婦とは…」
「適法の婚姻をした男性と女性。妻夫、夫妻とも言う。男性を夫と呼び、女性を妻と呼ぶ。…だそうよ。因みにウィキペディア参照よ。」
「でかした。」
真面目な顔して何が始まったかと思えば、初歩的なミスを犯している事に気付く夫婦なのである。
齢二十五歳。夫:政宗、妻:雪乃。誕生日は、ひと月違い。
『なんでもおまかせ』な政宗と、『ねぇパパ!白金でお家を選ぼう』でお馴染みの雪乃。
昔は愛くるしい程の笑顔を振り撒いていた両者だが…今ではどうした。
「おい、眉間の皺が取れなくなるぞ。」
「貴方もね…。」
政宗の脳内では、某新世紀アニメ指揮官のおっさんや、某ジ◯リ映画に登場する悪役眼鏡兄さんの様な悪役面が浮かんでくる。
一方で雪乃は、帰路の道中で調べに調べ尽くした夫婦像のイメージ画像を思い出し、吐き気を催していた。
お見合いは済んだ、結納式も恙無く終了した。引っ越しはそれぞれ空いた時間に終わらせ、玄関に靴が有るか無いかで在宅状況を把握していた二人。
食事は日中家政婦が作り置きする物を食べ、後片付けもシンクに放り込んで終わり。
「ねぇ、知ってる?…日本の夫婦って、妻の方が夫を立てなきゃならないらしいわ…それって可笑しいわよね。」
真剣な顔して毒を吐く。否、雪乃の不満である。
「俺が調べたサイトには、夫婦は共に寝ると書いてあった…。」
明らかに嫌そうな目付きで、雪乃を見る政宗。
「それは同感よ…。」
「てことで、寝室は別々でいいよな。」
前途多難、障害物は低レベル。二人の頭の中には、嫌な事で溢れてる。
いくら容姿が優れていようとも。二人の生い立ちは必然として異性に対する交流を蔑ろにする道筋を辿り、お互いにキスした経験は、赤子の頃に受けた両親からの愛情のみ。
両者跡取りに成るべくして、勉学に励み、交友関係は敵を作らず、恋情を育ませぬがモットー。
つまり…ファーストキスは愚か、童貞・処女。異性との交際歴は皆無。
男政宗、一に勉強。ニに筋トレ。三四を飛ばして趣味に時間を費やす。
女雪乃、一に勉強。ニに稽古。三にお茶会、四休暇。
万年男子校、女子校出の両者。
己に近付く者は皆、下心ありきの曲者だ。勝手にそう叩き込んだ学生時代。
華々しい社会人デビューも、就活要らずの半強制永久雇用。
会長の息子というプレッシャーに打ちひしがられないように鍛えた抜かれた強靭な魂。趣味の筋トレで鍛え抜かれた肉体美。
政宗は名言を残していた…「筋肉は裏切らない。」どや顔が目に浮かぶ。
会長の娘というプレッシャーは、オールスルー。耐え難い時は誰も見ていない場所で壁を蹴るなり殴るなり…但し、傷物になれば後始末が大変なので、そこは巧いこと熟す。
雪乃の口癖は、「うざい・きもい・◯ネ」…最後の一言は割愛させて頂こう。
さて、改めて問おう…「我々は、あと一週間以内に夫婦に成り切らなければならない。」
残るタイムリミットは、七十時間を切ったところ。
本日週半ば、
業界並びに政財界各所のお偉いさん方が集う由緒正しい催し会である。
「接客は、私に任せて。」
来賓者リストの把握、接待に誘導等…。
「会場準備は、こちらが担おう。」
その庭園の管理・警備等を任されているのは、神楽組。
「私は別件で花を生けろだと…」
「俺は横断幕の制作を任された…」
稽古で培った圧倒的芸術センス・力強い筆圧で金賞総嘗めの筋トレ狂。
残す事は…「「さあ、熱愛夫婦を演じるぞ。」」
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