死んだ黒崎さんは銃口を向けられている

有栖川 黎

プロローグ:水辺に吹く風

「港公園の庭園で彼女は何者かに殺され…銃口が向けられた状態で彼女は銃と共に床寝をした」


 初夏のある日、わたしの姿は港にあった。


 海風が鼻を通り抜けて、海の悠然さを身体で感じ取る。


 誰も居ない平日夕方の埠頭はたくさんの船と情動を奮い立たせるものに溢れているのだ。


 「カチャ…」


 何やら音がしたが、波打ち音だと思いわたしは振り返ることをしなかった。


 普通の人なら少しぐらいは振り向いて辺りを見渡したかもしれないけれど、その時は振り返ることすら勿体ないと思えるほどに風景が綺麗でみとれていたのを覚えている。


 わたしは草花に囲まれるようにして倒れて意識しても身体は動かないので死を悟って生きることを諦めてしまった。



<事件から3日後>



 黒崎さんが殺されてから3日ほどたった時、僕の家に大音量のインターホンが鳴り響いた。


「ピンポーン!」


「なんだよ…うるさいなぁ」


 扉を開けるとそこには誰も居なかったが、誰かが入ってくる気配は感じたのだ。


 玄関の扉を閉めて、僕は自分の部屋へ戻ろうとすると足音が聞こえてまだ触れてもいないのにドアが勝手に開いた。


 うわぁ…最悪だよと頭の中で愚痴ってはいたが、やはり少しだけ怖いので「南無阿弥陀仏」と唱えたのだ。


「タッタッタ…」


 余程、念が籠っているのか何なのかは分からないが念仏を唱えても治まるどころか活発化してしまい、家中足音にまみれ仕舞いには麺まで啜り始めたのである。


 ここまで来たら最早笑いごとで済まされて真剣には聞いてもらえないだろうが家の階段を上るふりをして僕よりも先に階段を上る音が「タッタ…」と鳴った話をすれば背筋を凍らすにちがいないだろう。


 僕は三日前に黒崎さんが殺されてしまった港へ行くことにした。


 未だに犯人は見つかっておらず、死因は頭部外傷で遺体のそばには弾丸の入っていない拳銃が遺体に銃口が向いた状態で置かれていたそうだ。


 家を出て、チェレステカラーの洒落た自転車に足をかけて前へと進む。


 僅か3分足らずのサイクリングを終えて、駐輪場に自転車を置いて駅ナカにあるコンビニで水と塩を買った後に改札を通り電車に乗る。


 17駅ほど乗り所要時間は33分で運賃は片道310円である。


 駅を出ると左隣にコンビニがあるので寄ることにした。


 今、現在1900店舗を出店しているそのコンビニでは、店内をグルグルと徘徊して道中で空になった水だけを買って去ろうとしたのだが、丁度キャンペーンが行われていて水を一本買うと一リットル半の水が無料でもらえると言うのでもらうことにする。


 本来なら水を無料でもらえるのは嬉しいことだが、携帯して持ち歩くには非常に重く感じて煩わしさすら覚える。


 無料で手に入れた水をサイズがギリギリの鞄に入れて500mlのプラスチック容器を手に持ち自動ドアを通り抜けて私は再び目的地へ向けて歩き始める。


 歩道橋を少し歩くと…湾口地区を担当する管理組合が左手に見えて、更に少し進むと南極探査船が出迎えてくれる。


 南極探査船の目の前まで来ると、そこには錨が展示されていて錨の大きさに圧倒される。

 

 現代の若者らしくその光景を収めるべく、僕はスマホを取り出して写真を撮った。


 晴れた日だったので、発色もよくて最高の出来である。


 スマホをポケットに入れて再度、目的地へと歩き出すと目の前に変った白い建物が見えてくる。


 この建物の名前はポートタワーと言うのだが、この建物の防犯カメラには黒崎さんを殺害した犯人は映っていなかったというのだ。


 黒崎さんが殺された時刻は今から三日ほど前の正午である。


 であれば展望台のあるこの建物から犯行を目撃した人間が居るかもしれないがニュースで言っていたように昼の時間帯とはいえ人の数はそれほど多くはない。


 コンクリートで整備された護岸の波打ち際まで行くと鉄製の高さが1メートル程の柵があって、個人的な推定距離で300メートルは続いている。


 木製のベンチが4つ程だろうか…等間隔に設置してあって丁度その真ん中にコンクリート製の階段があるので十数段程度上ると、そこには背の低い展望台のようなものがあって辺りを一望できる。


 黒崎さんはこの展望台の下にあるマーメイド像が設置されている花壇で亡くなった。


 実を言うと黒崎さんは僕の通っている大学の一個上の同期であって、亡くなったと聞いた時の衝撃は大きかったと思う―—勿論、僕は決して淡泊と言うのではなく辛い感情を持ち越したくはないので断定的な表現にならないんだと思う。


 それに何だかまだ黒崎さんは死んでいないというか心の中で生きているというか何だか温かみを感じる——お節介な話だが季節は五月上旬の連休中である。


 休みの日と言うのは、普段できないことをしてみようと思える数少ない日で、事件の真相を勝手ながら知りたいと考えたのだ。


 事件現場は凄惨で陰鬱な雰囲気はしなかった。


 後ろを振り返ると、公園があって——おそらく小学生であろう子供がボール遊びをしていて、公園の周囲はヤシの木に囲まれている。


 仮に殺人時刻に公園にいたとしてもヤシの木のせいで目撃するのは難しいだろう。


 展望台の左手には工業地帯が立ち並ぶ、展望台を降りようとすると階段の付近に少女が立っていた。髪をおさえて、あたりを眺めていた。


 その日は少しだけ風が強く、前髪を大切にする女性にとっては最悪な日と言ってもいいだろう。


 少女と目が合った。


 少女はどこか不思議な雰囲気を纏っていて、それでいて清楚だ。


 少女が左手に紐のようなものを握っていたので、私は不審に思い「その紐なにに使うの?」と問いかけた。


 「別になんでもないよ…ただ持っているだけ」と少女は答えたが、そのこえはどこか行き場を失ったような声だった。


 私は少女が何かを知っている重要参考人として接することにする。だが少女が事件と何も関係がないということも当然のことではあるが頭の中に入れておかなければならない。


 彼女の水晶玉の様に透き通った目をじっと見つめる。


「………………………」


 彼女の口は重く、なかなか話をしてくれない。


 そこで、僕は「もしかして、この前起きた事件と何か関係があるの?」と聞いたのだが、虚しくも無視されてしまった。


 彼女は何かをあきらめたかの様な姿で螺旋状の階段を下りてゆく。


 その様はどこか儚げでいて、美しさすら覚えた。僕が変な人間であるだけかもしれないが、彼女の命を救えた気がした。


 人生の内申点プラス5点である。


 彼女が階段を下りて整備された波打ち際へと歩いていくのを僕は展望台から見下ろしていたのだが、やはり何か引っかかる点があるので僕は彼女の元へ再び顔を見せることにした。


 案の定、あからさまに嫌な顔をされた。


「もしかして、警察の方ですか?」


 あれだけ堅かった彼女の口がついに開いたのである。


「いや…僕は警察官ではないけれど、亡くなった黒崎さんと同じ大学の学生でこの前起きた事件の真相を探ろうとしてる者さ」


 彼女の顔が少し晴れやかになった気がするが、一体彼女と黒崎さんはどのような関係なのだろうかと少し考えた結果、僕はやはり彼女と黒崎さんは密な関係性にあるだろうと考えたのでこう切り返す。


「もしかして、君は黒埼さんの妹さん?」


 きっと間違いない。彼女は黒崎さんの妹である。


 喋るのも嫌そうにしていた彼女が少しばかり安心した声色で「あなたは何故、真相を知りたいんですか?」


「君が仮に亡くなった黒崎さんの近親者だったとして、怒らないで聞いて欲しいんだけど…ただ何となく誰かに殺されたとかではない気がして」


 勝手な考えで野次馬の様に首を突っ込んだことを少し反省した。


 彼女は微笑みながらあくびをした。「変な人……」


 あれだけ重苦しい雰囲気を纏っていた彼女もいつしか明るく人のことを嘲笑するぐらいには元気になったように見えた。


 「私、殺された姉の妹なの」


 彼女から僕に言ってくれた最後の言葉である。


 彼女は辛さと戦って、その戦場から抜け出せたのだろう——僕に黒崎さんの妹であることを告げて真っすぐ駅の方へ歩いて行くのを僕は姿が見えなくなるまで見ていた。


 紐の様な物はベンチに置き忘れていたのか、置いたのか分からないが無事に回収して僕は安堵の風呂に浸かっている気分だ。


 少しだけ、優しくなれた気がする——気がするだけである。


 気が付けば、海は漆黒と化して空の色とマッチしている。


 今日の調査は終了である。


 再び、僕は南極探査船に挨拶をして南国チックな洒落たコンビニを後にしたのだ、一応…国の三大都市として知られる環状線に僕は乗り込んだのだが三大都市と言うには物足りず、電車の中は非常に空いていた。

 

 駅を降りると、どういう訳か車だけは異常なほど多いのだ。


 世界的に有名なあの企業があるからなのだろうか?


 真相は全く持って分からない。


 何とか家賃八万円の壁の薄い軽量鉄骨造の集合住宅に着く。


 私の根城である。


 時刻は既に午後の九時を過ぎていた。


 今日はやることが特にないので寝ることにする。


<翌日>


 早朝の五時に目が覚めた。


 朝食のパンを片手に八畳ほどの部屋を何をするわけでもなく何となく回るように動いた。


 今日は大学へ行くまでの間で調査をするつもりだ。


 ベランダから見る外の景色は雨である。


 気付けば、足音や怪奇現象もすっかり過去のものとなっている…きっとあれは彼女が何かを伝えに来ていたのだろう。


 僕は朝食のパンを食べ終えて、雨の日だと言うのに今日もいつものスエードの靴で玄関に鍵をして外へ出掛けた。


 大雨の日なので、自転車の使用は控えて高架橋が乱立する市街地を抜けて昨日と同じ港行きの電車に乗った。


 早朝なので、やはり空いていた——首都とは比べてはいけないのだろうがあちらは始発だと言うのに人が<おしくらまんじゅう>を日々楽しんでいるがこちらにはそんな余裕も人も存在しないのである。


 無事に駅について改札まで辿り着いたが、潮風の匂いと酸素濃度の低さが相まって非常にぼんやりとした感覚に襲われる。


 長く続く階段を上り、地上へ上がることで何とか違和感から解放されたが大雨で海は荒れている。


 辺りは誰も居なくて雨の日の早朝で終点と言うこともあってどこか寂しい雰囲気が漂うが、今日も駅出入り口の左側にあるコンビニは陽気な雰囲気である。


 再び歩道橋を渡り南極探査船と顔を合わせて昨日、黒埼さんの妹に会った展望台へとたどり着く。


 近くには大きなタワーと水族館があるのにも関わらず雨音だけが耳の中でこだまするのだ。


 大雨の中、ベンチに座る一人の人間を僕は発見したのだが彼は重苦しい表情を浮かべて傘もささずに海を見つめている。


 某国の雨に打たれながら踊るミュージカル映画と現実は違うのだ。


 そんな僕も傘をさしているだけで雨に打たれ続けているのだから見方を変えれば彼と同じように見えるのだろう。


 彼がこちらを向いた。


 驚いたことに彼は私の通う大学の薬学部教授であったのだ。


 あちらがお辞儀をしてきたので、当然僕もお辞儀をして展望台の階段を下りて教授の元へ駆け寄った。


 「教授、おはようございます」


僕は薬学部の生徒ではないが教養科目の科学を彼に担当してもらっていたのである——それ故に彼は僕のことを知っているのだ。


「おぉ~おはよう!」

「ところで君は何故海に来ているんだい?」と教授は言った。


「実は先日、亡くなった黒崎さんのことを個人的に調査しているんです」


 教授は驚いたような目つきで僕を見て「何故、そんなことを調べてるんだ?」と聞いてきたので僕は「黒崎さんを殺した犯人がまだ見つかってないからです」と答えたのである。


 教授は僕を宥めるようにして「大丈夫。犯人はきっと見つかるさ」と僕に言って深く腰を掛けていたベンチから立ち上がりずぶ濡れのスーツを着たまま彼女が亡くなったマーメイド像の前へ歩みを進めた。


 しかしながら、雨の日に傘を持たないなんて妙すぎるのだ。


 教授は何かの懺悔にでも来たのだろうか?と僕は考えを巡らせると言う疑いの眼差しを教授に向けるしかないのだ。


 教授はずぶ濡れになりながら、一輪の花を手向けたのだ。


 亡くなった黒崎さんは薬学部で僕が今日出会った教授も薬学部なのだから何か事故があったのではと思い僕は教授に近づき「あの日、何があったんですか?」と聞いたが、教授は軽く僕に対して会釈をしてこの場を後にした。


 なんだか、逃げられた気がした。


 たぶん、彼は何かを後ろめたさを感じていてこの場に足を運んだのだろう——まだ教授は犯人と決まったわけじゃないのに希望的観測をして教授が犯人だったら…楽だなとさえ思ってしまう。


 気付けばもう、朝の7時を過ぎた頃だ。


 雨の中、駅に向かい大学名が付いた駅まで40分程度掛けて通学をする。


 流石に電車の中は混雑していて、蒸し暑くて具合が悪くなりそうだったが何とか電車を降りて授業開始30分前に着席をした。


 今日は大雨の日なので、講堂の中はいつもより空いており皆が天気の悪さを退けるほど神々しい笑みを浮かべながら、友人らと話している。


 僕をまるでサンドイッチの様に挟み込む形で友人である来栖さんと言う平均よりも背が高めので幼馴染の女子生徒と安城くんと言う高校生時代から同じ道を歩むファミリアの様な友人に僕は囲まれた。


 安城は相変わらずいつも笑みを浮かべている「おい、なにボーっとしてるんだよ」彼の腕が僕の首元をマフラーのように包み込んだ。


 温かい温もりを感じ、雨の日の寒さを少しばかりか和らげてくれる。


「ボーっとはしてないさ、ちょっと知りたいことがあってね」


安城くんは察したような目つきでこちらを見て「お前っていつも何かに興味持つと心ここにあらずみたいな状態になるよな」


「で、なに調べてんだ?」


 と彼に聞かれ、答えるべきか悩んだが正直に言ってみようと決心した。


「実はこの前亡くなった黒崎さんの事について調べてる」


「あぁ~あれか、銃が置かれてた事件だろ。犯人捕まってないみたいだから気を付けろよ」


 彼の返答は意外と素っ気なく淡泊に思えた。


 きっと変に止められるよりは良かったのだろうし、僕が望んでいた答えだったのかもしれない。


 来栖さんは亡くなった黒崎さんと同じ学部と言うこともあり僕にとって有益な情報を教えてくれたのだ。


「事件があった日の午前中に栄養剤を作る、実験があったよ。事件とは直接関係ないかもしれないけどね」


 僕は直感的ではあるけれど、この実験の際に配合を誤ったのでは無いかと考えた。


「来栖さん、教えてくれてありがとう」


 今のところ怪しい人物は薬学部教授だけであるが、問題は銃の出どころなのだ。


 この国では銃の所持は禁じられているから、そう簡単に銃は手に入らない。このことだけが僕の頭の中をひたすらに駆けた。

 

 モヤモヤを抱えながらも、二時限目を終えて次の授業までの約一時間半程度の間だけではあるが薬学部棟へ赴き、まるで探偵の様な探りを入れることにしたのである。


 薬学部棟は大正時代の建物で壁一面に藻が生えており、薄気味が悪く正直な話あまり中に入ろうと心の底から思える場所ではないのである。


 中に入ると異質な雰囲気と若干のカビ臭さが感じられた。


 どういう訳か、この時間はほとんど人がおらず、すれ違ったのも数人程度である。


 木製のギシギシと音の鳴る階段を上り実験室へと向かう。


 分厚い扉の中には教授の助手である水上さんがいた。


 彼はいつも寝不足で実験室の裏にある小さな部屋のソファーで寝ていることで有名なのである。


 薬剤作りの変態とでも言うべきか、彼は虫を捕まえてきては夜通し実験をしており時々捕まえてきた虫が逃げ出して騒ぎになることが多いそうだ。


 一番、脱走率の高い虫は薬剤耐性付きのゴキブリと言うのだから管理はしっかりして欲しいものである。


 重い扉を力ずくで開けて、消毒役の匂いが漂う実験室に私は入った。


「おや?君は見慣れない学生だね…学部はどこ?」


「法学部です」


 彼は学部の名前を言うと少し暗い表情に分かりやすく変わった気がしたのだ。これは自分の気のせいかもしれないが、特質すべき点は彼が右手にもっていた薬品を試験台に置き右手の人差し指を台に叩きつけたのである。


「そ…そうなんだ。要件は何だね」


 怪しげな相手に事件のことを言うのは禁忌なのかもしれないがあえて僕は堂々と「先日、起きた事件のことを個人的に調査しています」と言ったのだが…驚いたことに彼は表情一つ変えずに少し右に目をそらした。


 目をそらした彼は僕に目を合わせず語る。


「それで、成果は?」


 彼がそう言ってきて僕が言葉を喋ろうとした瞬間、実験室のラジオが付いて白熱電球の電熱線がスパークした。


 その眩しさはもはや閃光玉でややオレンジ色の電球色が完全な白に光ったのだ。


 彼は原理は分からないが付いてしまったラジオを消して言う。


「最近、何だかこんなことが続いてね…君は大丈夫なのか?」


「いえ、同じようなことが家でありました…超常現象と言うやつですかね?」


「超常現象…それはあり得ない。きっとこの場合は電球の寿命がたまたま今だったこと、そしてラジオは経年劣化で電源が付きっぱなしの状態になっていたんだろうな...」


 彼は超常現象を信じない人間のようだ。普通に考えればきっとそれが正しいのだろうし説明が付きやすいだろう——だが、勝手にドアが開くことは百歩譲ったとして階段を上がろうとしたときに自分よりも先に…それも目の前で音がしてピタッと音が鳴りやむのは何故なのだろうか?


 現象には必ず理由があったとしても、この事象を色々と理由づけて説明できる者はそう多くないのではないかと僕は考えるのである。


 僕は彼にこの疑問を投げつけたくなったが、この疑問は疑問のまま成立しているからこそ面白さや考える価値があるのであって解明されてしまったらきっと案外しょうもないことであったりして考える価値や面白さが損なわれるのではないかと私は考え彼に問いかけるのをやめたのだ。


 彼が僕の顔を見た。「お茶でも飲む?」


「紅茶なら飲みます」と僕は言った。「できればアールグレイで」


「分かった。お湯を沸騰させるところから作るから少し待っててくれ」彼はそう言ってフラスコの様な物に水を入れてガスバーナーで温め始めた。


 水が沸騰するまでの時間は僕の肌感覚ではあるが結構長く感じられた。


 空は雨雲に覆われていて、非常に天気が悪かったのにもかかわらず太陽を覗かせ若干の青空が見えたのだ。


 それだけでなく雲の流れが非常に速く目で追うのにも一苦労するほどであったのだ。


 窓から外を眺めているとあっという間に五分ほど経っていて、お茶が丁度出来上がったころだった。


「ずっと空を眺めていたけど、何か発見でも?」と言う彼の問いかけに対して僕は「いえ、何もただボーっとしていただけです」と返すしか無かったのだ。


 僕は薬学部教授の助手である水上さんの事を良い人だと思うようになっていた。最初は怪しい感じもしたのだが喋っているうちにそんなに悪い人でもないように思えたのだ。


 しかし、若干の怪しさがある人間から飲み物を貰うというのは作ってもらってからで悪いがどうしても抵抗のあることなのだ。それに窓の外を見ていてお茶を作る工程を全く見ていないというのもこちらの責任ではあるが問題点でもあるのだ。


 そんなことを考えながらも僕は彼が作った紅茶を結局のところ、ありがたく頂いた。


「おいしい紅茶をありがとうございました。」


「いや、いいよ」と助手の水上さんとやり取りを交わして僕は実験室を後にしたのである。


 再び木製の古びた階段を下りて階段の踊り場に差し掛かったころ私はとある学生に服をつかまれる。「待って」


「どうしましたか?」と僕はとっさに言った。


「私、野上…あなた助手の水上と会っていたでしょ…今後は控えた方が良いよ」


 と彼女は僕に訴えかけてきたのだ。


「どういう事か説明してくれる?」


 野上さんは渋い表情をして「ここでは無理、この後…港公園に来れる?」


「行けるけど、午後の三時頃にならないと行けないけど…時間は大丈夫そう?」


「全然…大丈夫だよ。待ち合わせは駅の黄金時計で良い?」と言う文言を聞いてまるでデートみたいだなと勝手に感じつつも僕は「分かった。じゃあ黄金時計の前で集合ね」と若干の決め顔で言って薬学部棟を後にした。








 


 





 


 



 







 



 













 



 

 









  










 


 





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