第百十六話 精霊王

「王様って……」


 精霊たちが呼ぶ王様……ということは、まさか……


「精霊王!?」


 フンと息を吐いたその男は肯定するでも否定するでもなく、腕を組み仁王立ち。俺を見下ろす。


『王さま~、リュシュがお城に入りたいって~』

『王さまならあれ壊せるんじゃないの~?』


 あれを壊せる!? あの怪しい術を発動させる魔導具か! 精霊王ならば壊せるのか!?


『フン、なぜ私が人間たちのいざこざに手を出さねばならない』


 精霊王は俺を見下ろしたままゆっくりと近付いた。そして俺の顎を掴みグイッと引き寄せ、顔を近付けた。

 間近で見詰める精霊王の顔はこの世のものとは思えないほど美しかった。吸い込まれるような銀色の瞳。キラキラと煌めき、月明かりが映り込んだのか、様々な色で煌めく。


『変わった魂の持ち主だな。こいつらが気に入るわけだ』


 精霊王はそれだけ言うと掴んでいた顎を離し、長い髪を靡かせ踵を返した。


『こいつらを巻き込むな』


 そう呟いた精霊王は一瞬にして目の前から消えた。


「えっ」


 あまりの突然の出来事に唖然とし、精霊王のこの世のものとは思えない姿に圧倒され、何も言葉に出来ないまま消えてしまった……まるで夢でも見ていたのか、というほど、なんの痕跡もない。


 その場にいた精霊たちも一緒に消えてしまい、シンと静まり返る夜の森に一人取り残された。


「な、なんだったんだ……」


『王さま、怒っちゃった~』


 ひょこっと木々の間から違う精霊が顔を出した。


「お、怒っちゃったのか?」


 なにもしていないのに怒られても困るのだが……。


『人間たちが気持ち悪いことしてるから森が死んじゃうの~』


「森が死ぬ!? どういうことだ!?」


 死ぬという言葉にビクッとした。一体どういうことだ!


『お城から出てる怪しい気配に引き寄せられるように森から精気が抜けちゃうの~。森から精気がなくなるとわたしたちもいられなくなっちゃう』


 森から精気が抜けてしまう……そして精霊たちもいなくなり、森が死ぬ……?

 なんだよそれ! 一体どうしたら良いんだ……。


 その場に座り込んでしまい考えたが答えは出ない。ここにいると俺まで不快な気分になる。ナザンヴィアの人間はこんな気配を浴びてなんともないのか!?


 教えてくれた精霊も気持ち悪いから、とそのまま姿を消してしまった。


 精霊が見えるようになってから、必ず周りに多くの精霊がふよふよと現れていた。見えなかったときを思い出すとこれが当たり前なのだろうが、今全く精霊たちがいないことに酷く違和感を覚える。


 やけに静まり返る森。誰もいない。精霊たちすらいない。鳥の鳴き声や木々のさざめきすらなく、不気味に感じる。


 この場に留まっていても何もならない。仕方がないのでその場を少し離れ、不気味な気配が届かない場所まで戻るとその場で仮眠を取った。


 翌朝、どうしたものかと悩み、とりあえず食糧を得るついでに王都の様子を伺うことにした。


 ナザンヴィア城のすぐ側に広がる街。昨夜は様子を伺うでもなく通り過ぎたのだが、昼間に来た今でもなにか異常な気配を感じる街だった。

 街並み自体はドラヴァルアとさほど変わらない。石造りの建物が並び、大通りには店が並んでいるようだ。


 しかし城からの不快な気配が漂い、人々は気付いていないのか、明らかに精気のない顔をしている人間ばかりだった。


「これは……」


 呆然と立ち尽くすと街の入口に立つ門兵に声を掛けられた。


「おい、お前、何者だ! 身分証を出せ!」

「?」


 いきなり肩を掴まれ怒鳴られる。身分証? そんなものが必要なのか。ヤバいな、持ってないぞ。


『いつもそんなものいらないよ~』


 街にいる精霊か。俺の頭の上にひょっこり現れ教えてくれる。

 いつもはいらないのか……それをいきなり見せろと言って来るのは、俺が不審者のようだからか? それともこの気配のせいでおかしくなっているのか……。


 明らかにおかしい気配の街。それを見られただけでもよしとするか。わざわざ門兵と揉めてまで街に入る必要もないだろう。


「すみません、持っていないので帰ります」

「なに!? 持っていないだと!? 怪しいやつだな!!」


 そう言うと門兵はいきなり俺の腕を掴み、後ろ手に縛り上げようとした。


 はっ!? なんだ、いきなり! なにもしていないのに捕縛するつもりか!


 俺は咄嗟に身を翻し、くるりと後ろを向くと、俺の腕を掴んでいた門兵の腕を逆に掴み、捻り上げた。


「な、なにをする!! 抵抗するつもりか!! 城へ連行してやる!!」


 意味不明だ。叫んでいる内容も陳腐な台詞にしか聞こえない。思考能力が低下しているのか。しかし騒がれ、通報されると厄介だ。ここは……逃げるか。


 騒ぎを聞きつけ街の人間たちが集まって来た。俺は門兵を突き飛ばすように街の人間たちに向かい押すと、そのまま勢い良く街の外へと走り出した。


 背後で叫ぶ門兵の声が聞こえるが、風魔法を身に纏い走り出した俺には誰も追い付くことはなかった。

 精霊の力を借りずとも、そこそこの速度で走ることが出来る。普通の人間ならば追い付くことなど出来ない速度。それが今回分かった。


「さて、一体どうしたら…………」


 ナザンヴィアの怪しい術、これをどうしたら良い。どうやったら止められる…………


「一度、ドラヴァルアに戻るか…………」

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