第百十話 魔法
「あぁ、ノグルさん! 来てくれたんだね! うちの子凄い熱で! 診てやってよ!」
ノグルさんの姿を見ると不安そうな顔で女性が駆け寄った。おそらくこの子の母親なのだろう。
ベッドに横になる男の子はぐったりと苦しそうだ。汗だくで苦悶の表情を浮かべている。
ノグルさんは母親の肩をポンと叩くと、ベッドの横の椅子に腰掛けた。そして男の子の首や手、身体を確認していく。身体を確認していくうちにある箇所でノグルさんの視線が止まった。
「リアさん、これは?」
リアさんとはおそらく母親のことだろう。名を呼ばれ、母親がノグルさんの傍に寄った。
ノグルさんが指差したところは男の子の左わき腹辺り。横から同じように覗き込んでみると、そこには鋭いなにかで切られたような切り傷があった。
「あ、これは一昨日子供たちで遊んでいたときに川へ落ちたらしくて。そのときにどうも怪我をしたようなの」
「おそらくこの怪我から雑菌が広がって熱が出てるんだろうなぁ」
そう言いながらノグルさんは男の子の傷口になにやら液体をかけている。しみるのか男の子はビクッとした。
「よし、偉いぞ! 毎日傷を洗って消毒をしなさい。そして薬を塗って……」
ノグルさんは男の子の頭を撫でながら母親に処置を見せ説明をする。母親は熱心にそれを聞くとノグルさんにお礼を言った。
「熱はとにかく冷やすしかないかな。頭と首、脇の下を冷やしてあげなさい」
「は、はい」
母親はそれを聞くと外へと飛び出した。
「どこに行ったんですか?」
「ん? あぁ、リアさんか? おそらく外の井戸から水を汲んでくるんだろう。水道はあるがその水は冷たくはないし、井戸の水くらいしか冷やすものがないからな……」
そうか、ナザンヴィアでは魔法が主流ではないから、氷がないんだな。ドラヴァルアにいたときならば、熱が出た者には氷魔法の使い手を呼び対処したり、冷やすための魔法を付与させた魔導具を使用していた。それに……なにより治療師がいる。
男の子は熱で苦しんでいる。辛そうだな。可哀想に。精霊たちが出してくれたような雪を降らせてあげられたら冷たくて気持ち良いかもしれないのにな。精霊たちにお願いしてみるか?
そのとき腹の奥底からなにか身体を巡るのを感じた。
「!?」
思わず掌を見る。そこにはひやりと冷気を感じた。
どういうことだ!? 冷気!? まさか……
掌に意識を集中し、そこから……放出!
俺の掌からは吹雪のような雪が吹き出した。男の子が寝ているベッドの端をかすめ凍らせた。
驚き思わず腕を引っ込め拳を握り込む。
「お、お前……」
横にはノグルさんの驚いた顔。
「お前、それ、魔法か!?」
「あ、いや、その……」
魔法かと聞かれたらおそらく魔法なのだろう。しかし、俺は今まで魔法を使ったことがない。本当にそうなのか自信がなかった。しかも今度は氷…………、俺は風属性じゃなかったのか!? 一体どういうことだ!? 俺自身、混乱した。
それが分かったのかノグルさんは驚いた顔ながらも落ち着かせるように、ゆっくりと話す。
「お前のそれ、魔法だとしたらあまりむやみに使うな」
「え?」
「お前、ナザンヴィアの人間じゃないんだな?」
「!!」
驚いた顔をした俺にノグルさんは察したのか、話を続ける。
「魔法が使えたことも驚いたが、無詠唱だしな。ナザンヴィアでは精霊の力を借りて魔法が使える。だから無詠唱で使えるやつとなるとドラヴァルアの人間なんだろう?」
「…………」
そうか、ナザンヴィアでは精霊に力を借りるんだった。だから発動させるには詠唱が必要なのか。それすら知らなかった。
「しかもナザンヴィアでは精霊に気に入られているとかじゃないとほぼ魔法は使えない。だから魔法が使えるやつはごく僅かだ。そんななかであんな簡単に魔法を使ってみろ、どうなるか分かるだろ」
「……利用される?」
「それもあるが……おそらく国に連れて行かれるぞ」
「国!?」
驚いてノグルさんを見詰めた。
「国で召し抱えられるだろうな。それをよしとするなら何も言わんが、おそらくそうなるとドラヴァルアには二度と帰れないぞ」
「…………」
「あの森で倒れていた経緯から考えても、まともな入国じゃないんだろ?」
「…………すみません…………」
「俺に謝られてもな」
ノグルさんは笑った。
「俺にはそんなこと関係ない。目の前に倒れている人間がいたから助けた。それだけだ。でもお前は……帰りたいんだろ?」
帰りたい……帰りたいんだろうか、俺は……。
キーアを殺して、苦しくて、辛くて、ドラヴァルアから逃げ出した。
今こうやって気持ちが落ち着いてきたけれど、それでも自分を許せたわけじゃない。
帰りたいのかと問われると、即答出来ない自分がいる。
帰りたい。
帰りたくない。
俺の気持ちはどっちなんだ。
無言で固まってしまった俺にノグルさんは溜め息を吐いた。
「まあ、ゆっくり考えろ。お前には今、自分自身を見詰め直す時間が必要だ。自分の気持ちがはっきりしたとき、答えを出せば良い」
「はい……」
「とにかく魔法についてもドラヴァルアの人間だということも誰にも言うな」
「はい……」
ナティと遊んでいた子供二人には魔法を知られてしまったことを話すと、ノグルさんは頭を抱えたが、「仕方ない」と苦笑しながら、誰かに聞かれても知らぬ存ぜぬで通せと言われた。
母親が戻って来て、冷たい水で濡らした布をノグルさんに言われた箇所に当てていく。そうやって処置を全て終えると俺たちは男の子の元を去った。
俺の魔法……俺はこれからどうしたいのか……。
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