第百八話 記憶

 薄暗く冷たい空気。ぼんやりと辺りを眺めると、何やら色々な道具が置かれていた。


 見たことがないような器具や魔導具のようなもの。様々なものがあった。


 身体を動かしそれらに手を伸ばそうとしても、上手く動けない。

 ジャラリと音がして、音のほうへ目をやると俺の脚には鎖が繋がれていた。


 しかもその脚は鱗に覆われ鋭い爪がある。


 竜?俺の前世の夢か?


 ベッドのような台に寝かされてはいたが、その周りには硝子のようなもので囲われていた。


 なにやら不快な気分だ。


 しかもこの部屋……なにやら見覚えが……前世ではないときに見たことがあるような……。


 自分の身体を確認しても、明らかに人の姿ではないことは分かる。

 しかし竜と呼ぶには小さい。まるで子供竜……あぁ、そうか、キーアたち子供竜とともに行ったあの廃墟。あそこと似ているんだ。


 それを思い出したと同時に強烈な不快感が。夢のなかだというのに、夢だと理解しているのに、急激に吐き気が。


 吐きそうになる衝動から囲われている硝子に手を付いた。

 鋭い爪のある手……、しかしその手よりも視線はその先へ。


 硝子の向こう側には同じように硝子に囲まれ、鎖に繋がれた、白竜がいた……。




「リュシュ!! リュシュ!!」


 誰かに呼ばれる声がし、目の前が薄れた。

 あぁ、あの白竜は……。




「リュシュ!!」


 眩しい光に目を細めながら目を開けると、そこには心配そうな顔をしながら覗き込むように伺うナティの顔があった。


「ナティ?」

「あぁ、良かった、リュシュ。大丈夫?」

「なにが?」

「なにが、って、リュシュ、物凄くうなされてたよ?」


 うなされていた? ボーッとしていた頭がハッキリとしてくると、先程まで見ていた夢が朧気になってくる。

 しかし酷く不快な気分になったことだけはハッキリと覚えていた。

 額にはぐっしょりと汗をかいている。


「顔色も悪いし……大丈夫? もう部屋に戻る?」


「…………いや、大丈夫。もう少しここにいるよ」


 ナティは心配しながらも頷き、その場を離れた。普段からノグルさんの手伝いをしているため、その場に戻ったのだろう。




 あれはなんの夢だったんだろうか。ボンヤリとしか思い出せないが、あの場所、あの白竜……気になることばかりだった。


「お兄ちゃん、危ない!!」


 思い出すように考えていると、急に叫び声が聞こえ顔を上げた。なにやらボールのようなものが俺目掛けて飛んで来るのが見える。


 顔面に当たりそうになり咄嗟に腕を上げ顔を庇う。それと同時に激しく風が吹いた。


 え?


 風はボールを絡め取り、上空でくるりと回転すると俺の手元に落ちてきた。


「兄ちゃん、スゲー!! それ魔法!?」

「お兄ちゃん、魔法使えるの!? 凄い!!」


「え? 魔法?」


 二人の子供が駆け寄って来ると、目を輝かせて俺の顔を見詰めた。


 手元に落ちきたのはボールではなく円盤のようなものだった。二人で投げ合い遊ぶ子供のおもちゃだ。

 円盤を風で絡めとった……、あれは魔法……なのか?


 咄嗟で無意識だったため分からない……。


『魔法だよ!』

『リュシュ、魔法使えたねー』


 精霊たちがキャッキャと喜んでいる。


 そうか……、あれが魔法……。どうやって発動させたのか分からない。これが自然に魔法を発動させるドラヴァルアの力なのか。


「ねぇねぇ、他にも見せてよ!」

「え、他にって……」


 他にと言われても、今の風ですらどうやって発動させたか分からないし、そもそも俺は風属性だったことも知らなかった。


 初めて魔法が使えたのに……初めて魔力があったことを実感出来たのに……全く嬉しくない……。

 あんなに魔法が使いたかったのに……今は使えるようになったことがただただ辛い……。

 これはキーアを犠牲にして手に入れた力だ……。


「こら、あなたたち! リュシュはまだ病み上がりなんだから無理言わないの!」


 どう答えようか困っていると、背後からナティが子供たちを宥めてくれた。


「ちぇ、ちょっとくらい良いじゃん!」


 子供の一人が拗ねたように口を尖らす。

 しかし俺の顔色が悪いことに気付くと、もう一人は諦めてくれたようで、拗ねている子供をナティと一緒に宥めてくれる。


 子供にすら気を遣われて情けないな……。


 子供たちは「元気になったらまた見せてね」と叫びながら手を振り去って行った。



「リュシュ、魔法が使えるんだね。知らなかった」


「……俺も知らなかったよ……」


「え?」


 俺も知らなかったんだよ。自分に魔力があって封印されていただけなんて。

 ナティは意味が分からず首を傾げていた。


 ハハ、そうだよな。意味分からないよな。俺自身も本当に意味が分からない。今さらこんな力を取り戻しても……。


「もう部屋に戻るよ……」


「え? あ、うん」


 ナティは俺の様子がおかしいのに気付いたのか、心配そうにはしていたが何も聞かないでいてくれた。


 心配をかけてばかりだな……こんな俺を心配してくれなくても良いのに……申し訳ない。早く動けるようになってこの村から出ないと……。



 それから徐々に体力が戻るのと合わせるように、昔の夢をよく見るようになった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る