第九十五話 第二王子

「お目通り感謝致します、クフィアナ様」


「よく言う、無理矢理やって来たくせに」


 銀髪の青年が恭しく挨拶をすると、マクイニスは酷く不機嫌な顔で小さく呟いた。その言葉が聞こえていたのかいないのか、銀髪の青年はにこりと微笑んだ。


「それで? 何用だ? 以前来たときの約束は守っているが」


「えぇ、ありがとうございます。二年前のあの日お願いしに伺ったことを今でも正しい判断だったと自負しております」


 マクイニスはじろりと睨む。


 二年前、王の間へこの青年は今と同じようにやって来た。自身と従者、たった二人で。






『突然の訪問にも関わらずこうしてお目通りさせていただき感謝致します。私はナザンヴィア第二王子のラヴィリーグと申します。本日はドラヴァルア女王クフィアナ様にお願いがあって参りました。どうしても聞いていただきたく、私自ら従者一人のみで参りました』


『ナザンヴィアの第二王子が一体何用だ』


『今現在私の国、ナザンヴィアでは私と第一王子である兄とで政策に対しての意見が対立しております』


『そんなことを私に言っても良いのか? それを機に攻め入るかもしれんぞ?』


『だからこそお願いしに参ったのです』


『?』


『その混乱に乗じて攻め入られるのが一番困るのです。あの兄はそのようなことは考えておりません。ドラヴァルアを再び手に入れることしか考えていない。逆に攻め入られるかもしれない、との考えはないのです。それは父も同様です。だから今現在のナザンヴィアの状況は見て見ぬふりをしていただきたい』


『…………それは恥になろうとも自国の状況を晒す代わりに我々には傍観しろ、ということか』


 ラヴィリーグはにこりと微笑み話を続けた。


『さすがクフィアナ様です。話が早くて助かります。私はドラヴァルアとは同盟国のままでいたいのです。無益な争いはしたくない……だから……』


『私が父と兄を引き摺り下ろす』


 意思の強い瞳でそうはっきりと宣言したラヴィリーグ。


『だから私が王として立つまでは傍観していただきたい。貴女方にはなんの不利益もないはずです』


 そんな都合の良い話があるわけがない。あのナザンヴィアの王が第二王子の言うことを聞くとも思えない。にわかには信じ難いが、真剣な表情のラヴィリーグの姿が全くの演技だとも思えず、クフィアナは首を縦に振った。


『しかし裏切りが分かったときには我らの力全てを持ってそなたらを叩き潰す。分かったか』


『それで十分です。感謝致します』






「あのときにお願いしていて本当に良かったと思っております。今まで傍観していただいて感謝致します」


「傍観はしているが、しかしお前たちの国は一体何をしようとしている。近頃ドラヴァルア周辺でナザンヴィアの怪しい動きの報告を受けるぞ」


「…………やはりそのような動きがありますか……申し訳ない。どうやっても兄を止めることが出来ない。情けないことですが……」




 ヤナの街でのバレイラシュ騒動。現地で調査していたシーナから報告を受けた。

 あの異常なほどの巨大化は人為的なものを感じると。なにやら怪しい術を使っているのではないか、と報告を受けた。


 さらにはナザンヴィア近くの森に住む、野生の竜たちが狙われているらしい、との報告も受けた。ナザンヴィアから入り込んだ行商人を装ったものたちが、子供の竜を連れ去っているかもしれない痕跡があるそうだ。




「あまりに続くようならば、以前の約束は反故にさせてもらう」

「それは困ります!」

「ならばなんとかしろ」

「…………」


 ラヴィリーグは考え込んだ。


「ラヴィリーグ様は現在、命を狙われておいでです。本日はそのような話をしに来たのではないのです」


 ラヴィリーグの背後に控えていた従者が低い声でゆっくりと言葉にした。


「ロドルガ!」


 ラヴィリーグは従者の言葉を制止させた。


「命を狙われている? だからなんだ、我々には関係のない話だ」


「本日こうして再びお伺いしたのは、先程私の従者が言葉にしたことがきっかけなのです」


 諦めたようにラヴィリーグは話し出す。


「最近になってそのような怪しい動きがあるというのは、兄のせいでしょう。国にいるときからなにやらおかしな術を行おうとしている、と噂を聞いたのです。次第に怪しげな術を行うようになってきた兄に私は命を狙われた」


「…………」


「もうナザンヴィア国内で対処出来るほどの余裕がなくなってしまった……」


「だからなんだ」


「…………厚かましいお願いだとは重々承知の上です。しかしながら私たちにはもう国内で自由に活動出来る場所がない……私がこの国にいることに目を瞑っていただけないでしょうか……」



「なにを勝手な!!」


 マクイニスの怒声が王の間に響き渡った。

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