第九十三話 竜人化試験とは

 俺が城で働くようになって二年か、早いもんだな、と感慨深い心境でいるのに、目の前ではヴァーナムさんの怒声が響き渡っていた。


「お前らぁぁぁああ!!」


 キーアたちはさすがに落ち着いてきたが、また教育係からやって来た竜たちがヴァーナムさんの悩みの種となっていた。

 若い竜たちが好き放題じゃれあっている。叱っても言うことを聞かない。勝手に飛び回る。


 ハハハ……大変だよな……。


 幾度となく訓練係にも参加したことのある俺でも、毎回この光景には苦笑するしかなかった。

 ヴァーナムさん、よくやってるよな。リンさんは相変わらずマイペースだし。


 キーアはいまだ訓練係にいる。本来なら強化係に進んで良いだけの実力は付いたらしいのだが、キーア自身が拒否したらしい。


 どうやら俺を待ってくれているそうだ。一緒に竜騎士を目指すのだ、と宣言していたと聞いた。


 そこまで俺に懐いてくれているのが嬉しくて仕方なかった。たまたま居合わせただけの俺に付いて来て一緒にいただけなのになぁ。


 キーアのためにも早く強化係に進まないとな!


 そう意気込んでいるとヴァーナムさんに大声で呼ばれた。


「リュシュ!」


「なんですか?」


 慌てて駆け寄り聞く。


「今日は国境警備隊が交代で帰って来る。帰って来た竜たちの世話を頼む」

「え! 国境警備隊!? 帰って来るんですか!?」

「あぁ」

「そうなんだ! やった!」

「お前の同期がいたんだったか?」

「はい!」

「ハハ、じゃあ任せたぞ。指示はルニスラに聞け」


 国境警備に就いていた竜騎士たちが帰って来る!

 フェイやアンニーナ、ネヴィルが帰って来るんだ!やった!


 ウキウキしながら強化係へと向かった。




「ルニスラさん!」

「あぁ、リュシュ! 今日は手伝ってくれるんだってね」

「はい!」

「今日は八匹が帰って来る。その子たちの面倒をお願いするね」

「はい!」


 勢い良く返事をすると、ルニスラさんの背後にヒューイが見えた。

 他の竜たちに紛れて俺には気付いていないのか、なんだか遠くを見ているような、いつも俺様だったヒューイからは想像出来ないような物静かさだった。


「あ、あの……」

「ん? どうした?」

「ヒューイってまだ竜騎士の竜になる試験受けてないんですか?」

「あー、ヒューイねぇ……ハハ」


 ん? なんだ?


「あの子、竜人化試験を受けるための相手が見付からなくてね」

「竜人化試験を受けるための相手?」

「うん。竜人化試験の詳しい話は聞いた?」

「いえ」

「そっか」


「竜人化試験ってのは竜騎士の人間か、まあ竜騎士じゃなくても良いんだけど、一緒に受ける人間の相手が必要なんだよ」


「だけどヒューイはやっぱり相性が合わないのが嫌らしくてね。一生の相棒じゃなくて良いのに、竜人化試験だけ受けたら良いのにさ……頑固だよねぇ、ハハ」


 以前ログウェルさんから聞いた、俺が竜騎士になれるかもしれないと言っていた《竜人化試験》か……。

 竜と人間とで組んで受ける試験なんだな。


「ヒューイはその竜人化試験を受けないと竜騎士の竜にはなれないんですよね?」

「うーん、そうだねぇ、必ずしも受けないと騎竜になれないわけではないんだけど、今のところ皆必ず竜人化試験を受けてるしね」

「受けなくても良いならなんで皆必ず受けるんですか?」

「受けたほうが確実に強くなれるからさ」

「強く?」

「うん」


 ルニスラさんの話では、竜人化試験を受け竜人になると、魔力が上がるやら、新しい力に目覚めるやら言われているらしい。

 そのため竜人になろうとも竜に戻って騎竜になろうとも、竜人化試験を受けたやつと受けてないやつでは雲泥の差となるらしい。だからほぼ皆竜人化試験を受けるのだそうだ。


「なら早く受けたら良いのに……」

「ハハ、まあなにか納得出来ないんだろうねぇ」


 俺のせいなのかな……自惚れかな……ヒューイは俺と相性バッチリな気がした。だから他の人間となかなか合わせ辛いのかもしれない。

 もしそうなんだとしたら、ヒューイには悪いことをしてしまった。


 俺がいたせいでヒューイが他の人間を選ぶことが出来なくなっていたとしたら……。


 そんなことを考えているのが分かったのか、ルニスラさんはニッと笑い、俺の頭にポンと手を置いた。


「リュシュのせいじゃないよ。あの子の問題だ」

「…………でも俺が乗ったりしなければ、今頃違う人間とすでに試験を受けられていたかもしれないし……」

「そうだなぁ……でもあのときリュシュが乗ってなければヒューイはまだ誰も乗せることが出来ていないかもしれない」


 ルニスラさんは頭をワシャワシャと撫で回し髪の毛がぐちゃぐちゃに……。


「ちょ、ちょっとルニスラさん」

「アハハ、ぐちゃぐちゃ!」


「どの選択が正しいのかなんてそのときには分からないもんさ。ヒューイもだし、リュシュもだし、私やログウェルも、みんな自分で選んだ道を進んでるんだ。後悔しようがなんだろうが先に進むしかない。これからどうするかだよ」


 ルニスラさんはぐちゃぐちゃになった俺の髪を整えるように、そっと撫でニコリと微笑んだ。


「これからどうするか……」

「ヒューイもきっと色々考えてるよ」

「はい……」


 ヒューイが納得のいく道を進めますように……。




「帰って来たぞ!!」


 誰かが叫び、見上げると空には竜の背に乗った、一年ぶりのフェイたちの姿が見えた。

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