第七十六話 番部屋
「育成係! 良いんですか!?」
「あぁ、お前も教育係には慣れただろう? そろそろ違う係でも良いんじゃないかと思ってな。ルーサと相談して決めた」
「やった!!」
思わずガッツポーズ。
「あ、でも俺が育成係になっちゃうとルーサが一人になっちゃうけど良いんですか?」
「まあ、ルーサ自身が異動を許可したんだ…………大丈夫だろ」
えらい間があったぞ……。
そう言ったログウェルさんは遠い目をしていた。
「いやまあ、仕方ないしな。たまにちょっと様子見ながら手伝ってやってくれ」
「ハハハ…………はい」
二人で遠い目……。
基本的に育成課にはずっと新人がいなかったため、今いるメンバーは固定なんだそうだ。異動することもなく、同じ係で長年過ごしている。
だから超が付くベテランだ。
ルーサも今まで一人でこなしてきたんだしな。俺が来て少しは楽になっていたなら良いけど、あまり変わってないような気もする……。
ルーサと異動の話をすると、仕方ないと笑ってくれた。
「元々リュシュは竜騎士になりたいんだもんね。だから最終強化係まで頑張るんでしょ?」
そう言って笑いながら頑張れと言ってくれた。
ルーサの優しさに嬉しさと申し訳なさと複雑な気分になってしまった。
そして俺は育成係へと異動になった。
「おはようございます!」
育成係初日、まず元気に挨拶から! と意気込んだのに、速攻でロキさんに睨まれた。
「うるさい、静かにしろ。竜が起きる」
「あ、す、すみません」
見ると赤ちゃん竜がまだスヤスヤと眠っていた。
「お、お、おはようございます」
ボソッと小さい声で挨拶してくれるハナさん。
「おはようございます、今日からよろしくお願いします」
同じく小声で挨拶をした。
その様子を見たロキさんがフッと笑ったような気がしたが気のせいか?
いまいちまだよく分からない人だな。まあ見た目が怖いだけで、きっと優しい人なんだろ! うん、そう思っておくほうが気が楽だしな!
ハナさんが育成係について教えてくれる。
俺が育成課に入ってから、育成係の竜の赤ちゃんは何匹か入れ替わっているそうだ。
ある程度大きくなると教育係に行くため、赤ちゃん竜は減るときもあり、その後何組かの
その繰り返しなのだそうだ。
そういえば俺が教育係にいたときも、新しい竜が増えたり、先に訓練係に行った竜もいたな。
そして今は一組の番が卵を産みそうな状態らしい。
以前見たときには何もいなかった番部屋。
今は一組の番。真紅の雄と濃紺の雌。二匹は寄り添い身体を横たわらせていた。
「まだ産まれる気配はないが、いつ産まれてもおかしくない時期ではある。だから交代で住み込みをしている」
番部屋の入口辺りに立ち、部屋の奥にいる番竜を眺めながらロキさんは言った。
「じゃあ俺も交代で入りますね」
ぜひとも竜の出産は見てみたい! と意気込んだが、竜が卵を産む瞬間は見ることは出来ない、と釘を刺された。
「えぇ、なんでですか?」
残念過ぎるんだけど。
「喰われるぞ」
「えっ!?」
素の顔でめちゃ怖いこと言われた。
竜は出産を誰かに見られることを酷く嫌うらしい。出産の兆候として一番分かりやすいのが、竜の機嫌。
あからさまに落ち着きがなくなり、雌の近くに寄ろうものなら、雄は暴れ出し、下手をすると喰い殺されるらしいのだ。
おぉ、恐ろしい……やっぱり竜なんだな……気をつけよう……。
「じゃあなんのために待機するんですか?」
「何かあったときのためだ。基本的には何もしない。自然に任せるだけだ」
「な、なるほど……」
なんだか少し残念だが、まあ仕方ないか。それが自然の摂理なんだもんな。
育成係に入ってまず最初の仕事が番部屋の掃除となった。
毎日竜の機嫌を確認しつつ、二匹が横たわるベッド……俺はあえてベッドと呼んでいるが……、巨大シーツの交換。
シーツのなかに枯草を敷き詰めふかふかにする。取り替えたシーツは巨大過ぎるため、これまた巨大な桶に入れ踏み洗い。
これがかなり疲れる! ひたすら踏み踏みしていても、なかなか全体が終わらず、踏み洗いが終わったあとの濯ぎにも、絞るのにも相当な労力と体力が必要だった。
「こ、これだけで一日が終わる……」
げっそりとした毎日を繰り返し、しかし、それもしばらくすると慣れて来たからか、半日で終われるようになってきた。
そうなってくると他にも色々やりたくなるもんだ。ロキさんに他の仕事を聞いてみた。
ギロッと睨まれたじろぐ。
「竜の世話をしてみるか?」
相変わらず怖い顔だが、睨みを利かせながらもちゃんと教えてくれるんだよな。
まずは赤ちゃん竜の食事を、ということで、ロキさんとともに食料庫へと向かった。
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