第七十四話 ヤナ名物

 店に入ると中には多くのテーブルが並び、さらにその奥には大きく開かれた扉から外の席に出られるようになっていた。

 店内はほぼ満席状態だったが、外の席が空いていたためそちらに向かう。


 外のテーブルからは港が見え、さきほどの整備中の船も見える。天気もよく風が気持ちいい。


「いらっしゃい、メニューどうぞ。あまり見ない顔だね」


 少し歳のいった女性がメニューを渡してくれた。


「あぁ、俺たち王都の人間だから」

「王都? ということは、今回討伐してくれた人たちかい?」


 女性は驚いた顔で聞いた。その言葉に反応するように、周りにいた人々も俺たちの存在に気付き、近寄って来た。


「おぉ、あの竜騎士たちか!! かっこよかったぞ!!」


「あ、いや、俺たちは……」


 ネヴィルが慌てて訂正をしようとするが、周りではすでに盛り上がってしまい誰も聞いていない。俺たちは見習いと育成課なんです……とは、もう言えない……。

 アハハ……三人で苦笑する。


「いやぁ、本当に困ってたから助かったよ! 兄ちゃんたちありがとうな!」

「うんうん。最近色々あったからなぁ、ほんと助かるよ」


「色々?」


 周りの人々の会話が少し引っかかった。それはフェイやネヴィルも同様だったようだ。


「色々ってなにかあったんですか?」


 フェイが聞いた。


「ん? あー、いや、バレイラシュほど大したことじゃないんだがな。最近海が濁ることがたまにあるんだ。他にもバレイラシュほどではないが、普段と違う異形の姿になった魚が取れたりとかなぁ」


「海が濁ったり、異形の魚……」


 フェイとネヴィルと顔を見合わせた。


「なんだろうな、それ国に知らせた?」


「ん? いや、大したことじゃないかなー、って話になって国には特に知らせてないと思うがなぁ」


「そっか……」


 その場は結局散々感謝され背中をバシバシ叩かれ、他の客たちは去って行った。


「なんだと思う?」

「さっきの話?」

「あぁ」


 三人で考え込んでいるときにアンニーナとディアンがようやくやって来た。


「なに難しい顔してんの?」

「なんかあったのか?」


 アンニーナとディアンも席に着き、さきほど聞いた話をした。


「なんだろうな、少し気になるな」


 全員で悩むが分かるはずもなく、とりあえずヤグワル団長とシーナさんに報告をしようということになった。


「お待たせ! ヤナ名物の海鮮だよ!」


「「おぉ!!」」


 店の奥さんが大きな皿を運んで来た。テーブルの真ん中に置かれたその皿の上を見ると、綺麗に並べられた魚の刺身! 昔の記憶にある刺身!! 病弱だったころほとんど食べたことがなかった! まさかここで食べられるとは!


 生魚なんて食べる習慣はあまりない国だが、ここヤナの街では名物となっていた。さすが港町! 新鮮な魚をすぐにさばくことが出来るからこその刺身!


 刺身を見たことがない四人は「なんだこれ」と呆然。だよな、まあ、食べたことがないとそんな反応になるよな。


 ヤナの刺身はなにやら赤いタレのようなものを付けて食べるらしい。ど、どんな味だろうか……。


 刺身以外にも肉料理やサラダやパンやらが運ばれて来た。


「では、今回お疲れさま」


 フェイが音頭を取り、果実酒で乾杯、といきたいところだが今は果実水で我慢だ。


 皆、恐る恐る刺身を取る。タレを付けて一口……。


「おぉ、美味いな!」


 ネヴィルが笑顔で言った。


「うん、ちょっと最初は抵抗あったけど、意外と美味しい」


 アンニーナとディアンも頷く。


「どんななのかと思ったら、コリコリとしていて美味しいもんだね」


 フェイも満足そうだ。


 そして俺はというと…………


 うぉぉぉ、なんか違う!! 甘辛いタレ!! いや、良いんだけどさ! これはこれで美味しい……と思う! 美味しいと思うんだけど、なんかさぁ、こう、刺身と言えばさぁ、っていうガッカリ感っての? いや、ここの刺身に文句があるわけでもないんだけどさ。


 勝手に期待して勝手にガッカリするとか駄目だよな。うん、これは違う料理! これはこれで美味いんだ! そう言い聞かせてみました。




 食事を堪能したあとも色々散策し、ヤナの街を満喫してからキアフス邸へと戻った。

 街で聞いた話を報告しに行くと、四人は各々上司の元へと向かった。俺はというと、やはり竜の世話だよな、と、ヒューイたちの元へと向かった。


 ヒューイはいまだに静かだった。


「ヒューイ、どうかしたのか? 魔力が回復してないのか? なんでそんな静かなんだ?」

『俺が静かだとなんか文句あんのか』

「え、いや、別にないけどさ……」

『ならほっとけ。疲れただけだ』

「疲れてるのか? 明日王都まで飛べるか? 大丈夫か?」

『うるせー!! ほっとけっつっただろうが!!』


 ガスッ。頭突きを食らいました。


「いってーな!! 分かったよ!! ほっときゃ良いんだろ! ほっときゃ!!」


 なんなんだよ、全く。

 イライラしながら竜たちに食事を与えると屋敷へ戻った。そしてそのまま食堂で夕食をいただくのだった。

 フェイたちから報告を受けたためか、その場にヤグワル団長とシーナさんの姿はなかった。

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