第四十四話 赤ちゃん竜

 振り向くと濃紺色の髪に空色の瞳、少し長い髪を後ろに一つ括りにした細マッチョな男が立っていた。体格からして竜人なんだろうなぁ、背がやたら高い。

 歳はログウェルさんと似たり寄ったりな感じか? なんか目付きが怖く、性格キツそうだなぁ。そう思ったのだが、その男の手元を見て思わず吹き出しそうになってしまった。まずい。めっちゃキレられそうじゃん、危ない危ない。


 その今にもキレそうな顔をした男の手元には哺乳瓶のようなものが両手いっぱいに抱えられていた。いやぁ、これは笑うだろ。このギャップ! いかつい顔をしたやつが哺乳瓶て! いや、哺乳瓶じゃないんだろうけど、でもさ、や、やっぱ、似合わねー。


 ディアンも同じことを思ったのか、目を丸くして驚いた顔をしていた。


「やあ! ロキ! 相変わらず無愛想な顔をしているな! 触るくらい良いじゃないか、触らないと研究出来ない」

「あんたの研究のために育てているんじゃない」


 シーナさんがその男の肩をバシバシと叩き、見上げながら強気な発言。さすが鋼メンタル!

 低い声で睨みを利かせる男にも全く動じていない。


「あー、ロキ、すまんな、新人が入ったから紹介しようと思って連れてきた」

「新人? シーナが?」

「いやいやいや! シーナなわけないだろ! その横! 横の男二人!」


 な、なんだ? 意外と天然なのか?


「育成課の新人リュシュと、治療師の新人ディアンだ」

「二人とも、こっちはロキ、育成係の一人だ」

「「よろしくお願いします」」


 ロキさんはフンと一睨みすると特に挨拶するでもなく、哺乳瓶らしきものを持ってベッドに近付いていった。


「ロ、ロキさぁん。待ってくださいよ~」


 なんだか頼りない声が聞こえたかと思うと、ロキさんの後ろからさらに女の人がパタパタと急ぎ足で現れた。


「え! あ! ログウェルさんとシーナさん! お、お疲れ様です! あ、あ、あ、あの今日はな、なにかありましたか!?」


 慌てふためいてペコペコとしている女の人。茶色の髪の毛に緑色の瞳。三つ編みおさげに薄っすらそばかすのある、ちょっとタレ目がちなおどおどした感じの女の人。

 ロキさんと同じく哺乳瓶のようなものを抱えている。


「ハナ、落ち着け、今日は新人を連れて来ただけだ」

「し、し、し、新人ですか!? 新人なんて何年ぶりですか!? 本当にですか!?」

「あ、あぁ、落ち着け……」


 ログウェルさんが苦笑しながらハナと呼んだ女の人の肩にポンと手を置いた。


「ハナ! 先に竜の世話だ! そんなやつらほっとけ!」

「えぇぇ、あ、はいぃぃ!」


 ハナさんはロキさんに呼ばれ、ペコリと会釈すると慌ててベッドへと向かった。


「あー、すまんな、ロキは悪いやつじゃないんだが、愛想が悪くてな。でも竜の世話には人一倍気を遣うやつだから。まあだから……良いやつだよ、アハハ」


 ログウェルさん説明がめんどくさくて適当に流したな。まあ、竜の世話のほうが先だというのは正しいんじゃないだろうか。

 赤ちゃん竜の鳴き声だろう、けたたましい声が響き渡っているからな……正直うるさい。

 腹が減ってんだろう。多分あの持っていた哺乳瓶のようなものが餌かなにかだろうな。二人が戻ってきた途端耳を塞ぎたくなるくらいうるさいし。


 近くで見たくてうずうずとしていると、シーナさんがワハハと笑い背中をバシーンと叩いた。だ、だから痛いって。


「ほれほれ、近くまで見に行きたいだろう? 私もだ! さあ、行くぞ!」


 そう叫んだシーナさんにガシッと腕を掴まれ引き摺られる。いやいやいや! ちょっと! 見たいのは見たいが、でも今行ったら確実に怒られるやつなんじゃ! しかも俺じゃなくてディアンを連れて行けよ! なんで俺なんだよ!

 ディアンは苦笑しているし、ログウェルさんはやれやれといった顔だし、はぁぁあ。


 ズルズルと引き摺られハナさんの後ろまでやって来ると、ベッドの中にいる赤ちゃん竜が見えた。


 おぉぉ! 可愛いぞ!! キーアよりさらにちっこい!!


「おい!! お前!! 勝手に近くに来るな!!」


 えぇぇ!! お、俺が来たんじゃなくてシーナさんに無理矢理……。


「あ、あ、あの、貴方、すみませんが下がっていてもらえますか? 餌のときに見知らぬ人間がいると警戒して食べなくなってしまうんです……」

「え、あ、そうなんですか! すみません!!」


 あぁ、怒られちゃったよ……。


「ハハハ、怒られたな!」

「シーナさんが無理矢理引っ張るから!」

「私はこの場で止まったぞ? 覗き込んだのは君じゃないか」

「えぇぇえ……」


 そう言われて位置関係を見るとシーナさんは俺よりも一歩下がった場所で立ち止まっていた。ず、ズルい……。




 ロキさんとハナさんは一匹ずつ丁寧に赤ちゃん竜に餌をやっていく。結局あの中身はなんなんだろうな。そもそも竜って何を食べるんだ? まあこれから教わるんだろうが、哺乳瓶のようなものの中身は明らかにミルクではなかった。

 黄色というか橙色というか、そんな感じの色をした液体。それを赤ちゃん竜に飲ませている。全ての竜に餌を与え終えるとようやくロキさんがこちらへ向いた。


「今なら見ても良いぞ」

「おぉ!」

「ただし、静かにな。竜が驚くと襲われるぞ」

「は、はい」


 意外にもちゃんと作業が終わると許可を出してくれるんだな。そこは横柄な態度の人ではなかったようだ。意外と優しい人なのかもしれない。

 ディアンもそれを聞いて、静かに近寄ってきた。


 キーアより小さい竜はキーアよりもさらにぷっくりとしてぷにぷにした鱗のようだった。ロキさんが許可をしてくれ、そっと手を差し出すと手をふんふんと匂ってくる。そしてはむはむと甘噛み。


 うぉぉお! 可愛い! ぷにぷに! 叫びたい!

 叫ぶのを我慢しているとどうやらニヤニヤしていたらしく、ディアンに気持ち悪い顔になっていると注意された。いやでもこれニヤけるだろ!


「か、可愛い……」


 我慢できずに口から漏れてしまった。


「プッ」


 ん? 甘噛みされたままチラリと目をやると、ロキさんがいかつい顔をほころばせていた。

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