第九話 治癒魔法

 男は真面目な顔だった。その隣にいる女も男の連れだろう、ニコリと頷いて見せた。

 うーん、治療か……、確かに傷だらけだしな。治療とか考えてなかったな。ごめん、キーア。


 その男が信頼出来るのかは分からなかったが、とりあえずこの場で変なことはしないだろう、という判断で、ヴィリーも大丈夫じゃないか?という意見だったので、その男に見せてみることにした。


 キーアを子供の膝から抱き上げ、その男に手渡す。キーアはキョトンとしていた。


「キーア、大丈夫。その人が治療してくれるって」


『ちりょう?』


「うん、傷を治してくれるってさ」


 キーアはキョトンとしながらその男の顔を見上げた。


「あんた、ドラゴンと話せるのか!?」


 男はキーアを抱えながらこちらを見たかと思うと驚愕の表情を浮かべていた。その隣の女もだ。

 ついでに言うとさっきまで子供が戯れていた家族もだ。


 え、まずかった? シーンとした空気に耐え切れず、ヘラッとアホみたいな笑いを浮かべてしまった。


「え? あ、アハハ……そんな変?」


 頭をガシガシと掻きながらそろーっと周りを見回す。

 ヴィリーですら、驚いた顔をしていた。あ、この国の人間みんなドラゴンと話せると思ってた訳ね。おっつ、居たたまれない……。


「い、いや、変……というか、その……、いや、凄いな……、あんた人間だろ? それかそんな見た目で竜人とか?」


 そんな見た目で、とか、失礼だな、おい。

 いやまあ、そりゃそうか。普通竜人ならもっと屈強な身体つきらしいしな。背も高く引き締まった筋肉、凛々しく雄々しい姿。らしい。

 らしいってのは、そりゃ見たことないから。カカニアには人間しかいなかったし、竜人はほぼ王都にしかいないしな。

 王都に行ったことがある人間しか竜人は見たことがない。王都へ行ったことがない人間は精々話で聞くくらいのことしか知らないのが当たり前だ。


 竜人ならばドラゴンと会話も出来て当然だろう。だからドラゴンと会話が出来る俺は竜人なのか? と思ったのだろうが、見た目からして弱っちい俺が竜人な訳ないだろう、と。

 その男からしたら何故ドラゴンと会話が出来るのかが理解出来ないのだろう。


 ま、俺にも分からないしな。


「俺はただの人間だけど、なんでかドラゴンの言葉が分かるんだよね。それは自分にもなんでか分からないから、そこは突っ込まないで。それよりキーアを治療してくれるんだろ?」


「え、あ、あぁ」


 男は呆然としていたが、気を取り直しキーアの状態を見た。そしてそっとキーアの身体を撫でるように手をゆっくりと動かす。

 じっとその姿を見詰めていると、キーアを撫でる男の手がぼんやりと少し光っているように見えた。

 じんわりと光る手とそれに照らされたキーアの身体。


 男はふぅ、と息を吐くとキーアを俺に返した。受け取り眺めてみるとキーアの傷だらけだった身体は綺麗な姿へと戻っていた。


「おぉ、凄い! 傷が消えてる! 治癒魔法か!?」


「あぁ、俺は治療師だ」


「治療師……凄いな、この国では精霊の力を借りるのではないのだな」


 ヴィリーが興味津々に聞いてきた。


「精霊の力?」


「ナザンヴィアでは魔法は精霊の力を借りる。だから発動が精霊の気まぐれで上手く発動しないことも多々ある」


「そうなの?」


「あぁ、この国の人はどうやって魔法を発動しているんだ?」


 俺に聞かれても……使えないから分からない……。うぐっ、ダメージが……。

 今さらだけどさ。仕方がないのでチラッと男を見た。


「あんたはナザンヴィアの人か。ナザンヴィアは精霊の力を借りるというのは聞いたことがあるな。この国の魔法は……よく分からんな」


「分からんのかい!!」


 思わず突っ込んでしまった。


「あ、いや、え? 何で分かんないの?」


 でも確かに魔法の使い方とか勉強したことないしな。ラナカも特に何も考えずにいつの間にか自然に出来るようになったと言っていた。


「ドラゴンの血を持つから、とか言われてはいるな。はっきりとしたことは知らんが。それも含め、色々ドラゴンの研究がしたくて俺は王都に行くんだ」


「へー、研究かぁ」


「あんたが何でドラゴンと会話出来るのかも王都に行けば分かるかもな」


「わ、分かるかな……ハハ」


 俺の場合、前世が関係しているような気がする……、ま、それは言わないけど。


「あんたたちは王都へは何しに?」


「俺は父さんと商売で」


 ヴィリーはチラリとガルドさんを見た。相変わらずガルドさんは瞑想している……寝てるんじゃないだろうな。


「お、俺は……その……」


 口にするのを躊躇っているとヴィリーに「自信持て」と小声で励まされた。うぅ、良い奴だな。


「お、俺は竜騎士になりたくて……」


「竜騎士!?」


 男ではなく、女の方が驚きの声を上げた。


「いや! その! 無理だとは分かってるけど、でも小さい頃からの夢で!」


 焦りながら何故か言い訳を始めてしまった。この人らに言い訳したところでどうなんだよ。関係ないじゃん。


「竜騎士かぁ、アンと一緒だな」


 男は隣に座る女を見てニヤッと笑った。


 アンと呼ばれた女は物凄い眉間に皺を寄せている……そんな嫌そうな顔しなくても……俺、泣いちゃうよ?

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