第四話 婚約破棄

 薄暗くなった空に舞い上がり、眼下には森。背後に振り返ると国境らしき砦が見える。

 ドラゴンが進みだした方角には森の切れ目、平原が見え、その先には村らしきものが見える。あれがカカニアか。


 空から見ると全てが一望出来るのだ、と知った。なんて気持ち良いのだろう。このままずっと飛んでいたくなる。

 前世がドラゴンなんだから飛ぶのは慣れているだろ? いやまあ、それはそうなんだけど、なんとなく飛んでる記憶もあるんだけどさ。

 でもさ、やっぱり自分で飛んでいるのとドラゴンに跨って飛んでいるのでは気分が違うんだよ! あぁ、ドラゴンの背に乗って飛ぶのはこんな気分なんだな、と今さらながら「あの人」もそうだっただろうか、と想いを馳せる。


 そうやってしんみりとしつつ優雅な気分に浸っていたのだが空を飛んで真っ直ぐ進むというのは、目的地にあっという間に着くのだな、ということも分かった。


 せっかくの空の散歩を楽しむほどの時間もなく、あっという間に終了してしまった。

 ドラゴンは村ではなく、少し離れた場所に降りた。


『私は村へは入れない。ここまでだ』

「えー、村に来られないの? みんなに自慢したかったのに」

『私に乗ったことは内緒だ。会ったことも誰にも言うな』

「えー、言っちゃ駄目なの? ちぇっ」

『フッ、ではな』

「また会える!?」


 また会いたい、また乗せて欲しい、そう思わずにはいられなかった。


『私に会いたければ王都に来い。そして竜騎士になれ』

「竜騎士……」

『十八歳になれば試験を受けられる』

「君は王都にいるの?」

『あぁ』


 竜騎士のドラゴンならば普段は王都にいるのだろう、そう理解した。


「分かった! 俺、きっと王都に行くよ!」

『あぁ、待っている』


 そう言うとドラゴンは再び空に消えて行った。



 王都で竜騎士に。


 わくわく以外の何物でもなかった。そんなわくわく気分で村へと帰ると、待ち構えていた父さんにこっぴどく叱られた。わ、忘れてた……。


 散々叱られた挙句、王都で竜騎士になりたいと宣言すると、家族全員に唖然とされ、さらには痛い子を見るような顔をされたのは言うまでもない。


 そ、そらそうだよな、俺だもんな。なんの力もないこの俺だもんな。そりゃ無理だって言われるよな。がっくり。


 まあでも夢を見るくらい良いじゃないか! そんなの誰にも文句を言われる筋合いない!


 大っぴらに言うのはやめたけど……。それにそもそも俺は村長を継がないといけないしな……、継げればの話だけど……。




 そんな子供のころの夢をずっと大事に抱いていたわけではない。いや、まあちょっぴりは思ってたけどね。でもさ、やっぱりどうやっても俺は強くはなれなかったんだよ。

 自分でも悲しくなるからそこは突っ込まないで欲しい。


 そう、俺は自分のことが嫌というほど分かっていた。分かってんだよ! だからもうそっとしといてくれたらいいのに……。



 十八歳を迎えた俺の誕生日、許嫁のミリアから婚約破棄を言い渡された……。



「リュシュ、ごめんなさい。私、やっぱり自分より弱い男なんて嫌なの……」


 同じく十八歳になっていたミリアはとんでもなく綺麗になっていた。そしてその横には子供のころ俺をよく苛めていたライアン……おい、どういうことだよ。


「ごめんなさい、私、ライアンと結婚したいの……許嫁を解消して欲しいの……」

「ミリア……、ずっと俺に隠れてライアンと付き合ってたの?」

「ごめんなさい」


 ミリアははらはらと涙を流す。それに寄り添うライアン。周りにはなんでか意味分からんギャラリーが……。おいおい、なんだよこれ。


「リュシュ、ミリアと別れてやれよ」

「そうだよな、自分より弱いやつなんて嫌だろ」


 ギャラリーがやかましいわ!! なんだよ、なんで俺が悪者みたいになってんだよ! 浮気してたのはミリアだろうが!!

 そもそも俺が望んだ許嫁じゃないし!! ミリアの父親が提案して来たんだろうが!! それでも大事にしようと頑張ったし!! 強くもなろうと努力したし!! くっそー! なんでこんな目に!!


「分かったよ!! 別れたら良いんだろ!? 父さんに頼んでくるよ!!」


 別れるったって付き合ってもいなかったしな! 許嫁って名目だけで、ミリアは俺には全く見向きもせず、誘っても断られデートすら行ったことなかったしな! こんなことなら無理矢理にでも一度くらいはデートしとくんだった。くそ。



 その足で父さんの元に向かい許嫁解消を申し出た。その場に母さんやラナカもいたため、俺の代わりに怒ってくれた。


「酷い!! リュシュはなにも悪くないのに!!」

「あぁ、リュシュ、辛い想いをさせてごめんなさいね」


 ラナカは怒り、母さんは心配をしてくれる。それだけで俺は落ち着けた。やはり俺の家族は優しい。


「リュシュはずっと家にいな! 私が父さんの跡を継ぐから、あんたの面倒くらい私が見るよ!」


 ラナカが家を継ぐことはすでに決まっていた。結局俺はなんの力もなかったから。

 情けないが十六歳のときに自分から辞退を申し出た。これ以上家族を困らせたくなかったから。


 そのラナカは俺の面倒を一生見てやると言ってくれていた。父さんも母さんも俺のことは理解してくれていた。でも……


「俺、王都に行くよ」

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