『皐風』

 今となっては、もう昔の事になりましょう。

 かつて、『未言みこと』という概念を産み出した人がおりました。

 未言とは、未だ言葉としてなかった物事に宛がわれた言葉のいまだ。

 彼人かのとは、未言に携わる者達を『未言屋』と呼んでおりました。

 そして今。未言屋を継ぐ伝承者がいました。


・・・・・・


 五月の半ばに入り、会津もまだまだ梅雨入りは遠くて、よく晴れた青空が真統ますべしく広がっています。

 その空の下で、菖蒲の柄が入った小袖に、貝紫の袴を履いた女性が、お店の鍵を閉めていました。

 根付に繋いだ鍵を檸檬色の帯に仕舞うこの人は、紫月ゆづきと申しまして、このお店は『未言屋 ゆかり』という屋号を掲げております。

「あれ、先生! 今日はもうお店おしまいですか?」

 ちょうどそこに、元気な女子高生がやって来まして、紫月に向かって大きく手を振って自己アピールをしてきます。

 紫月はその大きな声に耳控みみひかえられて振り返りました。

「あら、知弦ちづるちゃん、こんにちは。直哉君は一緒じゃないのね」

 紫月は、いつも知弦と供にいる幼馴染の男子がいないのに気付くと、知弦はこっくんとはっきり頷きを返します。

「うん! 今日は休みだから、家にいるんじゃないかな?」

 そりゃあ、四六時中一緒にいる訳でもないか、と紫月も納得します。誰にだって、誰とも離れて一人になる時間が必要ですから。

「先生、どこかにお出かけですか? もしかして、またお仕事で東京とか?」

「いいえ、ただ散歩しようと思っただけ。田植えも始まったから、いい皐風さはかぜが吹く気がするの」

「皐風! わたしもついていって、いいですか?」

「ええ、もちろん」

「やったー!」

 紫月と連れ添って未言を探しに行くのを了承されて、知弦はグーにした両手を上げて、全身でVの字を描きます。

 喜びを爆発させる可愛い女の子を目の前にして、紫月はついつい目を細めて口許を緩めて微笑んでしまいます。

 そうして二人は一緒に歩き出して、紫月は草履を鳴らし、知弦はスニーカーで地面を踏み締めます。

 街外れにあるお店は、ちょっと足を伸ばすだけでたくさんの田んぼが敷かれた場所に辿り着くのです。

 田んぼには、水が真っ平に空の雲を映しているものや、まだ短い苗が植わっているものや、今まさに農家のおじさんがトラクターで稲を植えているものもあります。

 その畦道を二人は並んで歩き、五月の快晴から降って来る眩しい日差しと、田んぼに張られた水と稲の葉息はいきに冷やされた爽やかな皐風を浴びています。

「ふふ、五月晴さつきばれの中で皐風に肌を撫でられると、とっても気持ちいいですね、先生!」

 知弦は土がしっとりとして崩れやすい畦道なのでスキップこそしないものの、その声ははしゃいでいます。大好きで尊敬する人と一緒に、大好きで素晴らしい未言をまた一つ実感できるのが、楽しくて楽しくて仕方がないみたいです。

 そんな後ろに付いてくる女子高生に、紫月は咎めるように細くした流し目を送りました。

「うん、確かに田んぼで程よい湿り気を帯びた皐風はとっても心地好いけど、五月晴れではなくってよ?」

「え」

 知弦は、思いも寄らない指摘を受けて、足を止めてしまいました。

 紫月は知弦に向き直りながら、皐風に流される髪を耳に掛けます。

「いや、でも、先生、快晴ですよ、どこまでも青空ですよ。これって五月晴れですよね?」

「いいえ。さつきばれ、ではないわね」

 紫月はきちんと発音を強調して、過ちを告げます。

 知弦は目を見開いて、小さく跳ねながら懸命に空を指差します。

 その愛くるしい仕草に、紫月はくすりと笑ってから、彼女の勘違いを正します。

「皐月、とは、陰暦の呼び方でしょう? 陰暦は太陽暦とは一ヶ月以上ずれているのよ、知弦ちゃん」

 陰暦とはご存じの通り、月齢を辿って一ヶ月を定めて、十二の月を束ねて一年とする暦です。

 対して、太陽暦は日の出の位置が一巡して同じ位置に戻るのを一年として、それを十二等分したものを一ヶ月に割いた暦なのです。

 これも有名な話ですが、太陰暦と太陽暦は一年の日数も違えば、日付事態も一致しなくて、季節感もずれています。

 太陰暦の夏は、四月、五月、六月。

 太陽暦の夏は、五月、六月、七月。

 ちなみにですが、ここで言っている太陽暦の夏とは立夏から立秋の前日までなのですけれど、これが天文学や気候学の分野では夏至から秋分の前日までとなって、六月、七月、八月が夏ですから、こちらの方が今の人達に取って感じる夏の期間に近いでしょう。

 つまり、皐月と呼ばれる一ヶ月は、太陽歴をカレンダーに載せる今の日本ではだいたい六月の半ばから七月の頭くらいになって、梅雨の頃に当たります。

「皐月とは、本来は梅雨頃。五月晴れというのは、梅雨の長雨の合間にもたらされる恵みのような晴れ間を言うのよ?」

 明治に太陽暦が太陰暦を追い払ってずれが生じたことを忘れた人々によって、五月晴れは言綯ことなってしまったのです。

「つ、梅雨の隙間の晴れが、五月晴れだったんですか……?」

 知弦は、未言じゃない言葉の意味まで取り違えていたことを知って、顔を青褪めました。

 それから、伺いを立てるように恐る恐る、紫月の瞳を覗いて言葉を紡ぎます。

「で、でも、皐風は平成に生まれたんですし、五月の風なんですよね?」

 紫月は、薄く溜め息を吐いて、全くもう、という気持ちを肺から追い出しました。

「生まれたのが平成でも、産んだのは、あの未言屋店主よ? 百人一首に親しみ、好きな歌人を清少納言と堂々と宣い、古今集を好んで、周りから平安の人間ですかって散々言われた、あの未言屋店主よ?」

 未言を産み出した人物の得意な思考と嗜好と思想をこれまでも何度も語って聞かせた紫月からしたら、まだそんな普通の人が思いつくような成り立ちで未言が生まれていると思っている知弦の勘違いに溜め息も出てくるというものです。

 紫月は、皐風の端を、猫のしっぽを掴むように胸の前で撫でて、柔らかな笑みを浮かべます。

「皐という字は、確かにそこそこ昔から皐月だけを指すものとして使われているけれど、その原義は沢と同じくして、つまりは岸辺という意味にあるのよ」

 どう考えても江戸時代よりも前、恐らくは鎌倉時代の頃には失われた意味をして、その時期をそこそこ昔とか真面目に言う紫月も、流石は未言屋店主の知性をそのまま映した変人です。紫月にとって遥か昔とは、上代とか古生代とかを指すのでしょう。

「皐風は、澤の風の快さを思い返して生まれた未言なの。あの山の中、暑い夏に巡り合った沢で、ひんやりと肺と肌を涼しませてくれる瑞々しく湿り気を帯びた風をうたった未言よ」

 皐風の意味には、特に梅雨前の日射し強くなる頃に、人の気持ちに潤いを与えるような風をいう、という付け足しもありますが、それは別してはということで、総じては湿り気を少し帯びた気持ちいい風なのです。別して添えられた意味は、それを思い出せるかどうかが、皐風の判別方法であるという、未言屋店主が自分なりに人とは違う感性を巧く伝えようと考えたものなのです。

 知弦は紫月が並べる皐風の本質に、口をぱくぱくとさせていました。

「未言屋店主は、爽やかという言葉の語源も、皐や澤と同じくするのではないかと考えていたわ。だからこそ、その心地よさを、爽やかと感じて、その意味を重ねるように未言にしたの」

 音もなく肌を撫で、早苗の幼く青い香りで鼻をくすぐる皐風を、紫月は口から深呼吸して、肺を満たし、そのまま全身に巡らせて、魂まで涼ませようと、命に招くのです。

 それを見た知弦は、紫月を真似して、深く皐風を吸い込みました。

「梅雨の五月晴れに、雨が大気に戻っていって涼やかに湿る皐風も、大地の香りを含んで、それはとても爽やかで清々しいものなのよ」

 知弦は、紫月の言うこれから先の季節に吹く皐風をイメージしようとして、けれども上手くいかなくて、息を吐き出しました。

「先生、わたし、今年の梅雨は、その皐風も吸い込んでみますね」

 まだ知らない皐風を、きちんと知ろうとする知弦の心が嬉しくて、紫月の顔には心からの笑みが咲いたのでした。


未言源宗 『皐風』 完

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