第21話 別れがたい友人
池袋のバスターミナルで友達と別れた。時計を見ると11時半。新潟行の夜行バス『三一便』がまもなく発車する。長い間付き合った。お互いの弱いところも良いところもこれ以上知りようがないほどさらけ出して付き合った3年間。
妙子は26に、弘一は27になっていた。
同僚なのに友達。愛というものに憧れはあるけれどそれだけで踏み込むことは出来ない。微妙な距離、こんな関係が良いんだと思ってきた。男女の間に友情はないと言うけれど、愛にしてしまいたくない特別な感情はきっと友情に違いない。
弘一の好きなところは一緒にいて楽なところ。変に意識して女にならなくていいところ、肉体関係を持たなくていいところ…そう言えばサバサバした関係に思えるが、それを3年間続けたお互いの忍耐力には涙ぐましいものがあった。
弘一はインターンが終われば田舎に帰ることがわかっていた。妙子も就職は自分の生まれた故郷でと決めていた。どちらも譲れないまま3年が過ぎた。
そして…ついに別れの日が来た。
「かたくなに決めてしまうことも無かったよな。色んな事が足かせになってお前とは友達止まりでこうして別れるなんて…表面だけ綺麗に付き合って、お互いを本気で知ろうとしなかった」
弘一のため息がエンジン音にかき消された。
「お互い様よ。私もわかった顔して知らないことのほうが多かったのかも知れない。私がいなけりゃ誰かと上手くやれたのに」
最後に本音で話した気がした。
弘一が腕を伸ばした。こんな場面で握手もないだろうと妙子はためらった。
ためらう心とは裏腹に一、二歩近づくと弘一が妙子の頭に手を乗せた。妙子は涙が出るのをこらえた。
「また、何処か出会おう。生まれ変わってでもいいから違う形で会おう」
弘一はそう言った。
「うん、初めから違う会い方をしよう。私が女で弘一が男で…」
そう言うと気持ちが楽になった。この辛すぎる最期の時を、映画の一場面のような鮮やかな記憶として乗り越えられそうな気がした。
バスが走り出した。人生はそんな劇的でも悲劇的でもない。感情は感情としてこうして立っていられるんだから。と妙子は思った。
お互いに選択肢のある中から選んだ道だ。多分これが一番良かったんだろうと…涙はバスが見えなくなった頃から溢れ出して止まらなかった。
妙子は残りの時間をボーッと過ごしていた。帰郷する時間が迫っていた。最後の東京を記憶するようにじっくり歩いた。遠くに行く気は無かった。三年間過ごした家の周りをゆっくり回った。弘一がいなくなったことで景色が変わった。
今まで見ようとしなかったものも目に入ってきた。自分の人生が動き始めた気がした。長い間止まったままの…
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