第9話 処刑
「貴女ほどの人が、なんであんな男に……」
「貴方はもうすぐ死ぬのですから正直におっしゃったらどうです?」
宝石姫は、あわれみさえ浮かべた目で見下ろします。青白いなごりびに濡れた姿は、薄闇を圧しておりました。
「正確にはこうではありませんか? 自分よりもかなり劣ってはいるけれど、愚かな者の中ではまぁ賢いほうではあるわたくしが、なのでしょう?」
血を流す黒の貴公子は、
「ちがう、そんなことは……」
ですが、その声は芯を抜かれたように弱々しくて、簡単にさえぎられてしまいます。
「怒っているわけでありませんわ。貴方のなかでそれは、最大級の賛辞だと判っておりますもの」
部屋の扉が開くと、幽鬼のような修道女が5人、音も立てずに入ってきます。
手に手に長剣や短剣、槍をもっている者までおります。
姫はきっぱりと宣言しました。
「しかとその目で見、その耳で聞きましたわね。この男の王家を敬う心のなさを。王国への叛意は明らか」
修道女達は一礼すると、5人のうち4人が、さきほどまで自信満々だった男を取り囲みました。
男は反射的に腰へ手をやりましたが、そこにあるはずの長剣は、聖域に武器の持ち込みは禁止という理由で預けてきてしまったのです。
しかも急に動いたせいか毒の回りがはやくなったらしく、口から血までこぼす始末です。
4人は武器を振り上げ、口々に言いました。
「王の命により」「王国のために」「王太子殿下のおんために」「未来のお妃様のために」
5つの声がそろいます。
「この痴れ者を処刑する」
4つの武器が一斉に振り下ろされます。その動きは一部の隙もない精緻な機械仕掛けのように完璧です。
死にかけている男が避けられるはずがありません。
いきなり、男は脚を跳ね上げ、振り下ろされた長剣を横から蹴りあげました。
口から吐いた血は、頬を浅く噛んで自ら出したものだったのです。毒は効いていませんでした。
男は日頃から暗殺を警戒し、さまざまな毒を微量ずつ飲むことで耐性をつけていたのです。
長剣の軌道はそれ、突き出された槍の先端を見事に切断し、男は脚を振り下ろした反動を使ってすばやく体を起こし、槍が貫くはずだった空間へ身をひねりました。
短剣の切っ先は、ほんの僅かにそれて、男の背を浅く切ったものの、服を大きく切り裂き下の分厚い革の胴衣を暴いただけでした。
もう一つの長剣も、男の体があった場所の床に突き刺さってしまいます。
男は跳ね起き立ち上がりざま、鋼のように鍛え上げた腕で、床に刺さった剣を無理矢理引き抜き、目の前の修道女を横殴りに切り裂きます。
修道女達は、素早く引いて体勢を立て直そうとしますが、男のそれを上回る電光石火で、たちまち斬り伏せられてしまいました。
一人戸口近くにいた修道女は、恐怖に駆られたのか、助けに入るのは無駄とみたか、逃げだそうとします。
男は短剣を拾い上げるとその背中に向かって――
「どうしてわたくしが、貴方ではなく殿下を選んだか知りたくありませんか?」
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