第5話 雌狐の正体
宝石姫は手を口にあてて、
「まさか! 殿下がそのようなことを……信じられません」
「貴女が王家の婚約者にふさわしくないふるまいをした、という口実で婚約を破棄し、あの男爵令嬢をあとがまにすえるはかりごと、ということです」
「殿下はそこまでして、あの方と……よほど愛していらっしゃるのですね」
「あの方などと言う必要はありませんよ。牝狐で十分。なんせアレはナバーラが送り込んだ密偵ですから」
ナバーラはアルビジョンの西の国。300年以上前にアルビジョンから独立した国です。
「え……ですが、貴方への手紙でも書きましたが、王家でも身元は念入りに確かめたのですよ」
「あの女だけを調べてもわからないはずです。身元はしっかりしている。男爵家の娘なのは間違いないのですから」
「どういうことなのですか……?」
「あの男爵家そのものが、こちらに送り込まれた密偵だったのです……200年前にね」
宝石姫は思わず、という感じで眼を見開きました。
「そんなに古くから……」
「貴女の手紙を読ませていただいて、これは何かあるなと手を尽くして調べたのですよ。方々の国へ人を送りもしました。ずいぶんと手こずりました」
黒の貴公子は苦笑しました。苦笑さえも高貴です。
「あの牝狐にはなんの後ろ暗いところも見つからず手が尽きたところで、ふと、何かの本で読んだのを思い出したのです。昔、一族まるごと仕込まれた密偵というのがあったと」
「なんとおそろしいことでしょう……王太子殿下はだまされたのですね」
「いや、赤毛の阿呆はだまされたふりをしたのですよ。正しくは、ロタール王が……凡庸な老人だと思っていたのですがね」
その言葉には、王家に対する敬意はひとかけらもありませんでした。
「国王陛下が……ですが、陛下はわたくしのことをそれはそれは大切にしてくださっておりました……そんな……単にご存じなかっただけなのでは」
「確かに、今の王家ではあの牝狐の秘密を調べる力がなかったかもしれません。もはや『王家の牙』はひとりとして生き残ってはいないでしょうから」
『王家の牙』。それは、王家に代々仕えると噂される密偵の一族のことでした。
「だが、そもそも最初から調べる気などないとしたら? これを王家がいい機会だととらえたとしたら?」
「いい機会とはどういう意味でしょうか?」
「この国でいちばんの豊かな貴女のご実家を潰し、王家の力を取り戻すよい機会だということです」
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