act.44「解説の藍染千景です」

 ――そんなこんなで、珠々奈との特訓を始めてから、早1か月。

 時間というのは本当にあっという間で、気づけば能力評価試験試験当日になっていた。

 特訓は十分過ぎるほどしたはずだが……いざ当日になると、これで大丈夫なのか色々と不安になってくる。


「……どうしたんですか、そんなソワソワして」


 隣にいた珠々奈が、そう話しかけてくる。

 珠々奈は俺とは違い、どこか落ち着き払った様子だ。これが経験者とそうでない者の違いなのだろう。


「いや、ちょっと緊張してきちゃってさ……」

「悠里先輩は初めてだから仕方ないかもしれないですけど、そんなに身構える必要ないですよ。たぶん出場者で私たちが苦戦するような相手はひと握りですから」

「そうなの?」

「はい。出場者のほとんどは下剋上を狙ったBランクやCランクの生徒ですから。もちろんBランクやCランクの中にもシスター契約をしてる組もいますが、その程度で差を埋められるほどランクの差は軽くはないです。練習通りに出来れば、まず勝てると思います」

「そうなんだ……」


 なんだかよく分からないが、珠々奈がそう言うなら心強いな。

 

「問題は、Aランク以上ですが……私たち以外に3組エントリーしてますね。幸いSランクは他にいないです。まあ、Sランクはこういう試験に参加してくることは滅多にないので、予想通りではありますが」

 

 綾瀬会長や風紀委員長の三峰先輩はエントリーしてないってことか……。

 もし対戦したら瞬殺される自信があるから、そこはひと安心だ。


「ということは、私たちが警戒すべきはAランクの3組か……」

「はい、そういうことになります。と言っても、組み合わせ的にどの組とも決勝までは当たることはないですけど」

「なるほど……」


 となると……とりあえず決勝戦まではなんとかなりそうだ。いや、油断して予選敗退なんてことになれば目も当てられないけど。

 しかし、やはり警戒すべきは決勝戦だろう。


「……その3組ってどんな子たちなの?」

「まず1組目は、成田希沙羅と牧原花音の風紀委員ペアですね。今試験の優勝候補です」


 成田さんたちか……。

 そりゃ、当然エントリーしてるよな。しかも優勝候補。つまり、あんなふうに吹っかけてきただけあって、その自信を裏付けるだけの実力もあるってことだ。

 だが今回の試験はトーナメント方式だ。成田さんたちが勝ち上がってくる保証はどこにもない。他の2組も同じくらい警戒しておくべきだろう。

 珠々奈は続けた。


「2組目は土方千歳ひじかたちとせ近藤美紗こんどうみさのペア。2年生コンビですね。シスター契約をしたのはつい最近らしいですが、油断は禁物です。そして、3組目ですが――」


 そしてその名を言いかけた珠々奈は、目の前に現れた人物を見て他人事のように嘯いた。


「――噂をすれば、ですね」


 珠々奈の視線の先、そこにいたのは。


「あっ! 珠々奈ちゃんと悠里先輩じゃーん! ちぃーす!」

「……ちっす」


 芽衣ちゃんと美衣ちゃんの2人だった。

 って、まさか……!


「まさか……2人も出場するの……!?」

「うん! そのまさか!」


 俺が尋ねると、芽衣ちゃんは大きく頷く。


「本当は出るつもりはなかったんだけど、先輩たちを見てたらなんだか自分たちも出てみたくなっちゃって」


 そうか出てみたくなっちゃったのか。それじゃ仕方ないな……ってそんな訳あるかっ!

 

「もし私たちと当たっちゃったらどうするのさっ!?」

「どうするのさって……そりゃあ、正々堂々戦うけど?」


 めいちゃんの言葉に、美衣ちゃんもコクコクと頷く。

 どうやらやるつもりらしい。


「当たったとしても手加減するつもりはないからね!」

「ハハ……お手柔らかに頼みます……」


 っていうか、芽衣ちゃんと美衣ちゃんが決勝まで勝ち上がってきたら、成田さんたちと戦うことは無くなる訳で……それってわざわざ特訓した意味なくね?

 でも、だからといって成田さんのほうに勝ち上がってきて欲しいのかと言われると、それもちょっと違う気がする訳で。

 果たしてどちらのほうがいいのだろうか……?


「むむむ……」


 俺が必死にない知恵を振り絞っていると、その様子を見ていた珠々奈が、俺に言い聞かせるかのように呟いた。


「余計なこと考えたって意味ないですよ。たとえ誰が相手だとしても、私たちは私たちの特訓の成果を出すだけですから」

「珠々奈……」


 確かに珠々奈の言う通りだ。

 俺たちがこの1か月で特訓してきたのは、嘘ではないのだから。相手が誰であろうと、それをぶつければいい。


「頑張ろうね! 珠々奈!」


 俺がそう言うと、珠々奈はフン、と鼻を鳴らしながら答えた。


「絶対に勝ちましょう、悠里先輩」

「うん!」

「……なんで嬉しそうなんですか」

「だって珠々奈、最初の頃よりもやる気だから」

「か、勘違いしないでください! 別に私は、負けるのが嫌なだけですから!」


 これはもしや……俗に言うツンデレというヤツでは……?

 だとすれば、もう少しでデレ期に突入する予感……。


「……何か変なこと考えてませんか?」

「別に?」


 その後も懐疑的な視線を向けてくる珠々奈だったが、それを俺は試験開始まで、ひたすら誤魔化し続けたのだった。


◇◇◇


 いよいよ試験開始が近づいてきて、珠々奈と2人で第1試合の会場へと急いでいるところで、不意に校内のスピーカーが鳴った。


『――さぁ、いよいよ始まりました! 前期能力評価試験! 総勢32組、64名がエントリーした今回の試験、その約半数が初参加組となっております! 一体どんな波乱が待ち構えているのか、今から楽しみです! 実況は私、報道部所属、『壁に耳あり障子にメアリ』こと――中原なかはらメアリと!』

『解説の藍染千景よ。よろしく』

『以上の2名でお送りしていきます!』


 ……いきなり実況が始まったんですが?

 てか、何やってんの、千景さん……。

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