act.36「闘いを止める者」

「――やめて下さい! 希沙羅お姉様――!!」


 そう叫んでいたのは、先ほど教室で声をかけた少女。


「花音……」


 成田さんは彼女を見て、そうポツリと漏らしていた。

 あの少女は何者なんだ?

 成田さんの反応から、ただの知り合いという訳ではないんだろうが……。


 そして……なぜかその隣にいる珠々奈。


「おーい珠々奈ぁー!」


 俺は珠々奈に向かって手を振りながら叫ぶ。すると珠々奈は仏頂面のまま、俺に叫び返した。


「悠里せんぱーい! そんなところで、なに油売ってるんですかぁー?」


 そんなこと俺のほうが聞きたいよ。


「まぁ、せいぜい頑張ってくださーい! 私はここで先輩が負けるとこ見ててあげますんでー!」


 そして、まったくもって助けてくれる気はないらしい。いや、決闘してるのにどうやって助けるんだって話だが。

 というか俺、負ける前提ですか?

 ちょっとショックなんですけど……。


 しかしもう1人の少女は、場内の成田さんに向かって、必死に説得を試みていた。


「希沙羅お姉様……! これは誤解なんです……本当は私が悪いんです……!!」


「誤解……? どういうことだ?」


「ただ話しかけられただけなのに……希沙羅お姉様以外の上級生とほとんど話したことないから、ビックリしちゃって……!」


「……本当か?」


 成田さんは、疑いのこもった眼差しで俺を見る。

 俺は首を縦に振って肯定した。


「私がそんな危ない人間に見える?」


 俺がそう聞くと成田さんは力強く答えた。


「見えるッ!!」


 見えるかー、そっかー。なら仕方ないなー。

 ……ってなるかボケっ!


「本当だってば!! 私は、ただ珠々奈を呼びに行っただけで……本当に何もないんだってば……!」


 その時にたまたま話しかけた子が、まさか風紀委員だとは夢にも思わなかったのだ。そして、その子が成田さんに関係がある子だったとは。

 本当に、ただの偶然が重なった事故みたいなものなのだ。


 成田さんは、しばらく考え込むように黙っていた。

 そしてやがて、彼女はもう一度口を開く。


「……アタシは、花音の言葉を信じる。花音がそう言うなら、きっとそれが真実なんだろう」

「希沙羅お姉様……」


 お、なんかこのまま有耶無耶になりそうな雰囲気――。


「――けど、それとこれとは話が別だ」


 ――って、あれ?


 成田さんは、俺のいるほうに向き直る。


「一度始めた決闘なんだ……今更引っ込めるなんて出来るわけがないだろ……!」


「そんな……希沙羅お姉様……!」


「それに、コイツはただの一般生徒なんかじゃない。生徒会の新メンバーなんだ。それだけで……叩きのめす理由としては充分だ」


 そして成田さんは、両拳に装着しているメリケンサックを構え直した。


「準備はいいか……芹澤悠里!」


 ……一瞬、なんとかなるんじゃね? と思った俺が甘かった。

 どうやらやっぱり、この戦いは避けられないらしい。

 生徒会の強引な勧誘を断り切れなかったのがいけなかったのか? それとも、俺がSランクだからか?

 今となっては、その本当の理由は分からない。


 だが避けられないのならば……せめて抗ってみせるしかない。


 俺は覚悟を決め、成田さんに視線で答えた。


「……悪いけど、ただで負けるつもりはないから」


 俺の言葉に、成田さんはニヤリと笑う。


「フン、上等だ――」


 俺はステラギアを、自分と成田さんとを結ぶ直線上に構える。

 成田さんの攻撃は、恐らくその速さが最大の武器だ。いちいち律儀に受けてたら、反撃に出ることもままならない。


 だけど単純な加速力だけなら、飛行形態フライトフォームで戦っているこっちに分があるはずだ。

 ここは――、成田さんが攻撃してくる前に、こちらから叩く……!


 俺はステラギアに力を込め、魔力を使って一気に加速した。


「――!!」


 成田さんは咄嗟に防御姿勢を取るが……関係ない。


「いけええぇっ――!!」


 俺は飛行形態によって得た推力を全て打撃のパワーに変え、成田さんに一撃を喰らわせる――はずだった。


 しかしその攻撃が成田さんにヒットする直前――。


『――決闘の終了が要請されました。要請に基づき決闘を中断します』


 そのアナウンスと共に、収束していくAMF。


 なんだ?

 何が起こってるんだ……?


 成田さんのほうも突然の出来事に理解が追いついていないようで、その場に立ち尽くしていた。


 そして、その瞬間――。


「――この勝負、ボクが預かろう」


 場内に響き渡る、一つの声。


 それは珠々奈のものとも、花音という少女とも全く異なるものだった。


 やがて静まり返った闘技場に、コツコツ――と足音だけが響く。

 その足音のするほうへ、この場にいたすべての視線が集まる。


 そして、闘技場に現れたのは……まったく見覚えのない女生徒だった。


 胸元のリボンは、黄色――って、黄色!?

 ということは、この人もSランクなのか……!?


 その姿を見て――成田さんは驚きに目を見開きながら呟いた。


三峰みつみね……先輩……!?」

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