act.19「氷の女王」

 目の前の少女――綾瀬薫の能力によって急激に温度の下がった空気が、チクチクと肌を刺す。

 そして当の少女には、よほど戦闘慣れしているのか――一分の隙も見受けらなかった。

 

 これがSランクの力なのか……?

 勝つどころか、一撃を与えられるのかすら怪しいぞ……?


「く……」


 俺がたじろいでいると、少女は不思議そうに俺に尋ねた。

「あれ、どうしたの? もしかして怖気付いちゃった?」


 そして、槍を構え腰を深く落とす。


「そっちが来ないなら……私から行くよっ!!」


 来る――!!

 少女は、リノリウムの床を強く蹴り込み、俺を目掛けて急接近した。

 そしてその勢いのまま、槍を突き立てる。


「――っ!!」


 俺はなんとか、持っていた飛行形態フライトフォームのステラギアで、その刺突を受け止めていた。


「やるぅ! ……じゃあ、これはどう!?」


 少女は俺のステラギアによって受け止められた槍を、強引に薙ぎ払った。

 その力に、俺は体ごと吹っ飛ばされる。


「があぁっ!!」


 なんてバカ力だ……!!

 これも魔法の力なのか……!?


 俺は急いで体勢の立て直しを図る。

 だが、少女の攻撃はそれすらも許してくれなかった。


「――!?」


 俺に先端を向けて空中に浮かぶ、無数の氷柱。

 その全てが、俺を狙っていた。

 やば――。


「穿て――」


 少女のその一言と共に、氷柱が俺に襲い掛かる。


 ドドドドッ――!!


 ――。


「あれ? もしかしてやっちゃった?」


「――まだだ!」


 俺はステラギアの――飛行形態の加速力を利用して、真上に飛ぶことで間一髪攻撃を回避することに成功していた。

 確かに飛行形態は、攻撃には向いてない。

 だが……逆に加速することに関しては、むしろ攻撃形態アサルトフォームよりも分がある筈だ……!


「なるほど、飛行形態フライトフォームであることを利用したか……面白い戦い方をするね、キミ」

「まだこれで終わりじゃない……!」


 俺はステラギアに念を込め――急加速して少女に肉薄する。


「――!」


 そして、ゼロ距離でステラギアを振りかぶった。

「これでも喰らえッ……!!」


 俺の攻撃は、少女の身体にクリーンした――はずだった。


「え――?」


 ――俺と少女を隔てるようにして突如出現した、氷の壁に阻まれることが無ければ。


「――ふぅ、危ない危ない。少しでも反応が遅れてたらやられる所だったよ。思ってたよりもやるねぇ、悠里ちゃん」


 そう言う少女は、その言葉と裏腹に、涼しい顔をしていた。

 嘘だろ……?

 あのスピードにもついていけるっていうのか……?


「……それにしても、いくら学院内の決闘で出力が抑えられてるからって、ちょっと力を込め過ぎじゃない? こんなの喰らってたら、きっとタダじゃ済まなかったよ」


 笑いながらそう言うと、少女はステラギアに力を込める。


「そっちがその気なら、私も本気出しちゃおっかな」


 その瞬間――。

 俺の周囲を取り囲むように、再び氷柱が出現していた。

 だけどそれは、先ほどの比じゃない量だった。

 360度、全方向を取り囲んでいる。つまり、さっきみたいに上に逃げるなんてことも難しい。

 逃げ場はどこにもない。


「穿て――」


 くそ、ここまでか――。


 俺がそう半ば諦めた時だった。


 ズドオオオオオォォン――!!


 遠くの方で、耳を覆いたくなるほどの大きな音が鳴り響いていた。


 少女にとっても予想外だったのか、目を丸くして攻撃の手を止めていた。

 氷柱がカランカランと力なく床に転がっていく。

 この驚きよう、どうやら彼女の仕業ではないらしい。


 俺は音のした方へと視線を向けた。


 そこには決闘開始と共に展開されたAMFの結界があり――その膜に、大穴が空いていた。

 そしてその奥に立っているのは、3人の魔法少女。

 うち2人は、まるで同じ人間が立ってるみたいにそっくりで――いわゆる双子、というやつだろうか。

 そして残る1人――真ん中に立っている少女は、俺の知っている娘だった。


「――ふぅ、なんとか間に合った、かな」


 そこにいたのは――弓型のステラギアを構え佇む利世ちゃんだった。


『AMFの損傷が確認されました。続行不可のため決闘を中断します。繰り返します――』


 学内のスピーカーから無機質なアナウンスが鳴る。

 これは……終わったのか……?


 利世ちゃんは自分が空けたAMFの大穴を潜ってこちら側に入ってきて、そして言った。


「もう、薫姉……いつも言ってるでしょ? 生徒会長なんだから、もっと節度ある行動をした方がいいって」

 

 へ……?

 生徒会長……?


 利世ちゃんに生徒会長と呼ばれた少女は、照れ臭そうに小さく舌を出して笑ったのだった。


 キーンコーンカーン――。


 ――てか、お昼食べてなくね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る