act.15「15話も費やしてようやく学院編かよ」
そして、数日後。
俺は千景さんに呼び出され、再び学院長室を訪れていた。
部屋の中に入ると、千景さんはソファに座って優雅に紅茶を飲んでいた。
紅茶の良い香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
千景さんは俺を立たせたまま、自分はゆったりとソファで寛ぎながら言った。
「さて、今日から学院に編入にしてもらう訳だけど、気分はどう?」
気分って言われてもな……。
「とりあえず、もう一度学生生活を送ることになるなんて思ってもなかったよ」
最後に高校に通ったのは、もう遥か昔の話だ。
それがまさかもう一度通うことになるとは。
しかも、今度は女子としてだし……。
「ま、生活していけば徐々に慣れていくわよ。たぶんね」
たぶんて。
「適当だな」
「なんせ前例がないのよ。元男が編入するなんて」
そりゃそーだろーな。
「もちろんこちらも出来る限りのサポートはするわよ。貴女を連れてきたのは私だしね。でも、正直言ってそこまでの心配はしてないわ」
「何でだよ?」
俺がそう聞くと、千景さんは一度紅茶を啜ってから答えた。
「翠桜花学院はご存知のとおり魔法少女を育成する機関よ。だから、魔力の強さが割とものを言うの。そして……現在貴女に匹敵する魔法少女はほんの一握りしかいない」
その一握りがなかなか曲者なんだけどね、と続けた。
「まぁ、貴女なら何とかなるでしょ」
その投げやりな言葉に困惑しつつも、俺は千景さんに尋ねた。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
「……私」
「え?」
「『俺』じゃなくて『私』。この前言ったでしょ? 言葉遣いに気を付けなさいって。それと私にタメ口を利くのも改めた方がいいわね。私はそこまで気にしないけど、これでも学院長だから。というわけで……はい、やり直し」
うぐぐ……。
いや、でも確かに千景さんの言う通りだ。
抵抗を感じつつも、俺は千景さんに向かって言った。
「か、かしこまりました学院長……これから気をつけます……」
「んー、まぁ……ちょっとぎこちないけど、及第点ってところね」
そしてまた、紅茶をひと啜り。
なんだろう……なんかよく分からないけど……ムカつくな……。
「それで、なんの話だっけ?」
「ですから……私はこれからどうすればよろしいでしょうか? まだ編入するクラスも教えて貰ってないんですが……」
「ああ、そうだったわね」
千景さんは、背後に控えていた楠木さんに声を掛けた。
「莉子、あとはお願いできる?」
「はい、学院長」
そして俺の前に立った楠木さんは、俺にペコリと頭を下げて微笑んだ。
「私が芹澤さんの担任を勤めます。よろしくね?」
マジ?
「楠木さんが……?」
俺が驚いていると、千景さんが横から口を出してくる。
「私の粋な計らいだから感謝なさい。貴女も事情を知っている人間が担任の方がやりやすいでしょ?」
まぁ、そう言われれば確かに……。
色々知ってる楠木さんなら、俺がやらかしそうになってもフォローしてくれそうだし。
「私のクラスは2-Aです。今からご案内しますね?」
「あ、はい……よろしくお願いします」
そして学院長室を出ようとする楠木さんの後に、俺も続いた。
部屋を出る時、お気楽そうに紅茶を啜りながら、
「じゃ、頑張ってねぇ〜」
と手を振っている学院長の姿が、妙に目に焼き付いたのだった。
◇◇◇
「色々と慣れないこともあると思いますけど……どんな些細なことでも相談してくださいね? チカラになりますから」
教室に向かうまでの廊下で、楠木さんがそう言った。
「ありがとうございます」
や、優しい……。
あの何考えてるのか分からない学院長とは、えらい違いだ……。
もし千景さんが担任とかだったら、
『はぁ? そんなこと自分でなんとかしなさいよ』
とか平気で言ってくるんだろうな。
それは流石に、こっちから願い下げだ。
ところで、俺が編入するクラスは、2-Aって言ってたっけ……。
「2-Aってどんなクラスですか?」
俺がそう聞くと、楠木さんは顎に指を当ててうーん、と考えてからこう言った。
「みんな良い子たちばかりですよ? すぐに芹澤さんも仲良くなれると思います」
仲良くなれる、ねぇ……。
いや、嘘は言ってないんだろうが、楠木さんって割と誰とでも仲良く慣れそうなほんわかオーラを醸し出してるから、どこか信憑性に欠けるな。
だが、その楠木さんの言葉には、続きがあった。
「まぁ……2-Aには生徒会と風紀委員、両陣営のナンバー2がいるので、ちょっと特殊ですけど……」
……ん?
「……どういうことですか?」
俺が尋ねると、楠木さんは困ったような顔をした。
「えっとそれは……説明すると長くなってしまうんですが……この学院で生活していれば、いずれ分かってくると思います」
「はぁ……?」
なんかよく分からないけど……要するに、クラス内が2つの派閥に分かれているということだろうか……。
まあでも……いずれ分かるとのことだし、今はそこまで気にせずにおくしかなさそうだ。
2、3分歩いたところで、楠木さんが立ち止まった。
「着きましたよ。ここが教室です」
見上げると確かに、『2-A』と書かれた札が垂れ下がっていた。
「じゃあ先に私が入って、そのあとに芹澤さんを呼びますね?」
「はい」
扉に手を掛けようとしたところで、楠木さんは思い出したように振り返った。
そして俺に微笑みかける。
「あ、私のことは、学校では『楠木先生』でお願いしますね?」
それだけ言って、楠木さん――もとい楠木先生は教室の中に入っていく。
あの人のことだから、きっとみんなに慕われてる良い先生なんだろうなぁ……。
『はーい、おはようございますー』
『あー、莉子ちゃん! もー、おそーい!』
ごめん、前言撤回。
めちゃくちゃ舐められてるっぽい。
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