act.13「悪運だけは強いのよ」
「――よくもやってくれたわね、貴女」
任務が終わり、学院長室に呼ばれた俺は……何故か千景さんにものすごい形相で睨まれていた。
ええと……俺、なにかやっちゃいました?
……いや。千景さんが怒っている理由は、なんとなく分かっている。
「貴女が怪異を遠くまでぶっ飛ばしてくれたお陰で、より広範囲に記憶消去魔法をかけなきゃならなくなったのだけど? そのせいで予算がどれくらい消し飛んだか聞きたい?」
はは……あんまり聞きたくないかも……。
「その、すみません……まさかあんなに威力が出るとは思ってなくて……」
楠木さんがAMFを破るには魔法の出力が必要、みたいなことを言うから、全力で力を込めてみたのだが……どうやら込め過ぎだったらしい。
俺の全力フルスイングによってお星様になった怪異は、その衝撃に耐え切れず無事息絶えたようなのだが……その地上から天に昇っていく逆流れ星を目撃した人は相当な数に及んだそうで、どうやら千景さんたちはその後処理に追われているらしかった。
謝罪を述べる俺を見て、千景さんはため息をついた。
「……まぁいいわ。どんな方法であれ怪異を倒したのは事実だものね。そこは褒めてあげる」
そしてまたひと睨み。
表情が褒める時のそれではないんですが?
「――ねぇ? 貴女もそう思うでしょ? 速水」
そして千景さんの視線は俺の後ろにいた少女の方に向かう。
少女は忌々しそうに俺を一瞥したあと、答えた。
「……あれはただのマグレです」
「あら、そう?」
「だってそうじゃないですか。この人はまだステラギアだってロクに扱えてないんですよ? そんな人が怪異を倒すなんて、マグレ以外の何物でも――」
「――だったら、ステラギアを扱える貴女は出来るのかしら?
「――っ!」
少女は言葉を失い、口をつぐむ。
少女の表情を見るに、俺のやったことは魔法少女の常識を超えたものだったらしい。
いや、考えてみればそりゃそうだよな。
フライトフォームって言うくらいだから、飛ぶための形態なんだろうし。
俯いてしまった少女を見て小さくため息をついた千景さんは、俺たちに向かって言った。
「……とりあえず、今日のところはお疲れ様。後処理は私がするから、貴女たちは部屋に戻って休んで良いわよ」
その言葉に、少女はすぐに踵を返す。
「……失礼します」
少女が部屋を出ていき――ドアがパタンと音を立てたところで、千景さんは自嘲気味に笑った。
「なかなか重症でしょ? あの子」
確かに、あの子は何故か自分一人で戦うことにこだわっている。それは、魔法少女になりたての俺にも何となく分かった。
「あの様子じゃ、無理をして怪異の返り討ちに遭うのも時間の問題だわ」
「なんであの子は、あんなに一人で戦うことにこだわっているんだ?」
「……さぁ?」
千景さんははぐらかすように言った。そして続ける。
「だからこそ貴女には期待してるのよ。あの子の心を解きほぐせるのは、貴女しかいないと私は思っているから」
俺なんてついこの前怪異の存在を知った訳だし、千景さんのそれは、ただの買い被りにしか思えないのだが……。
でもそう言い切る千景さんには、そう言い切るだけの根拠があるように見えた。
千景さんはドアを指して言った。
「あの子を追いなさい。今ならまだ追いつけるわ」
あの子を追いかけて、慰めろと……そういうことか。
千景さんの命令通りに動くのはなんか癪だったが……あの子のことが気になるのも事実だった。
「……分かった。けどあんたに言われて動くんじゃないからな。ただ、あの子のことが心配なだけだ」
「ハイハイ、分かったから行きなさい」
「……ふん」
俺は面倒臭そうに顔を顰める千景さんを尻目に、学院長室を後にしたのだった。
◇◇◇
悠里が院長室から出ていったあと、後ろで会話を聞いていた楠木莉子が、心配そうに言った。
「大丈夫でしょうか、あの2人……」
すると藍染千景は、ケラケラと笑う。
「大丈夫じゃない? あの子はそもそも速水珠々奈のために連れてきたようなもんなんだし」
「はぁ……」
「それにしても凄かったわね。あの子の力……」
「……はい」
芹澤悠里は
飛行形態は魔力の伝導率が低いため、本来なら攻撃には向かない。
本人はよく分かっていないようだが、その芸当は今までの魔法少女の常識をはるかに超えたものだったのだ。
「……学院長はあれだけの力があることを分かっていて芹澤さんを連れてきたんじゃないんですか?」
「そんな訳ないでしょ。もちろん連れてくる前から魔力が高いことは分かっていたけど、まさかここまでやるなんて思ってなかったわよ。……本当は、速水珠々奈の当て馬として使い捨てるつもりだったのだけれど……正直、思わぬ収穫だわ」
そして千景は、ニヤリ、と小さな笑みを浮かべた。
「私、昔から……悪運だけは強いのよ――」
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