act.12「ホームラン!!」

「はあああッ――!!」


 珠々奈の放つ無数の剣撃が、怪異を狙う。

 だがそのすべてを、怪異の展開するAMFが弾き、全くと言っていいほどダメージを与えることが出来ていなかった。


「くっ……。やっぱり効かない……私の出力じゃ……」


 AMFアンチマジックフィールドはその名前の通り、魔法に対して強い耐性を持っている。そのため魔法で戦う魔法少女にそれを破る術があるはずも無く……ましてや、スピードで翻弄する戦い方を得意とする珠々奈とは、なおさら相性が悪かった。


「くそっ……どうしたら……」

『だからさっきから言ってるじゃない。……あの子に応援を頼みなさいって』


 手の中の剣――ステラギアから、藍染千景の声が聞こえてくる。


『貴女も分かってるんじゃないの? もはや1人で打開出来る状況じゃないって』


 そう。

 この女の言う通りだ。

 AMFを突破する方法を持ち合わせていない珠々奈にとって、このまま戦い続けるのはただのジリ貧でしかない。

 そんなことは分かっている。


 だが珠々奈は、その千景の声に向かって叫んだ。


「絶っ対……お断りよッ……!!」


 あんな奴の手なんか絶対に借りない。たとえ命の危機に晒されたとしても、1人で戦い続ける――。


『……そ。じゃあ、勝手にしなさい』


 千景の呆れた声が聞こえたが、珠々奈は尚も怪異の分厚い結界に向かって刃を向け続ける。


『――対象から魔力反応の増幅を検知!』


「……!!」


 その言葉を受け、珠々奈は怪異を見る。

 怪異は魔法の詠唱体勢をとっていた。

 怪異の巨大な目玉から、光の球のようなものが形成される。


『外周に35パーセント回避行動を取りなさい!』

「ちッ――!!」


 珠々奈はステラギアを瞬時に飛行形態フライトフォームに変形させ、それに跨りながら急旋回する。

 怪異の眼から放たれた光弾は、身を翻した珠々奈の身体スレスレを横切っていた。


 無線の向こうから、感嘆する声が聞こえた。


『フゥー! やるわね! 反射神経の良さだけならSランクにも引けを取らないわ』


「だったら――」


 珠々奈は身を翻した勢いをそのままに、もう一度怪異に突進し――全力の突きを放つ。


「――あんな奴じゃなくて、さっさと私をSランクにしろぉぉッ!!」


 だが、その渾身の突きは無慈悲にも――、


「……ッ!」


 ――再びAMFの壁に阻まれる。


『……無理ね』


 そして珠々奈に追い打ちをかけるように、無線越しの千景は言った。


『だって貴女……弱いもの』


 その無線の音とほぼ同時に、怪異が腕のようなものを振りかぶり、珠々奈を弾き飛ばす。


「――ぐあぁぁッッ!!」


 不意をつかれてしまった珠々奈は、それをモロに喰らってしまい、為す術もなく数メートル先へと吹き飛ばされてしまう。


『あーあ、言わんこっちゃない』

「……取り消してください」

『ん……?』


 珠々奈は再び体勢を立て直し、怪異を見据える。

 だがその身体は、怪異から受けたダメージによって軋みを上げていた。

 それでも珠々奈は、怪異に向かって、もう一度剣を構える。


「取り消してくださいっ……!! 私が弱いって言ったこと……!!」

『……だったら、取り消させてみなさいよ。自分自身で、その強さを証明してね』

「……」


 ――私は強くなくちゃいけない。

 もう2度と、あんな思いをしなくても良いように――。


「……やってやりますよ」


 珠々奈は握っていた剣に力を込める。


 ――私は誰にも負けない。

 一人前の魔法少女だと認めさせてやる。


 珠々奈は空を蹴り、怪異目掛けて加速した。


「はあああぁぁッッ――!!」


 ――だが、その時。


「――ちょっと待ったぁ!!」


 珠々奈の背後から、大きな声がした。

 珠々奈は咄嗟に振り向く。


 そこにいたのは――。


「この化け物!! ここからは私が相手だ!!」


 先ほどの新人――芹澤悠里だった。


『あのバカ……』

 無線の向こう側から、そんな声が聞こえた。


◇◇◇

 

「――この化け物!! ここからは私が相手だ!!」


 覚えたての飛行形態フライトフォームで少女の元へと駆けつけた俺は、大声で怪異に向かってそう叫んでいた。

 こんなことをしたのは、楠木さんから『怪異の気を引くためには大声を出せば良い』とアドバイスをもらったからだった。

 そしてその思惑通り、怪異の巨大な目玉は、ぎょろりとこちらを向く。


『あぁ……だから言ったのにぃ……』

「ありがとう、楠木さん。楠木さんの助言のおかげで怪異の注目をこっちに向けられたよ」

『あ、いや、だから私は……気を引いちゃうから大声は出さないほうがいいと……』

「ありがとう!! 楠木さん!!」

『はぃ……』


 ――さて。

 あとはどうやって怪異と戦うかだが……。


 俺は持っていた箒を天高く掲げて叫んだ。


「チェンジ!! アサルトフォームッ!!」


 ……。

 だめだ。全く反応が無い。

 どうやら、掛け声の問題じゃないらしい。そもそもあの子は無言で変形させてたし。


 となると、やっぱりこのまま戦うしかないらしい。

 でも、どうやって?


 怪異は俺を敵と認識したらしく、俺のいる方向に突進してくる。


 ギギギ……と金属の擦れるような鳴き声を上げながら向かってくるその姿は、この世のものとは思えないくらいの不気味さと威圧感を放っていた。

 そのあまりのおぞましさに、思わず逃げ出してしまいたくなる。


 ……なにを怯んでるんだ、俺は。


 ここまできたら、やるしかないだろ。


 俺はステラギアを――箒状態フライトフォームのまま両手で構えていた。


『芹澤さん……何を……?』


 決まってる。

 攻撃形態アサルトフォームが使えない――それなら、箒のまま戦うしかないだろ……!


「楠木さん。あなたたちが集めた情報には書いてなかったですか? 実は私……中学の時、野球部だったんですよ。まぁ、一年も立たずにやめましたけど」


 怪異はなおも耳障りな音を立てながら、俺を殺すために突進を続ける。

 そして俺は、怪異が俺の目の前に来るタイミングに合わせて――バットを振る要領でステラギアをスイングした。


「ぶっ飛べぇぇぇッッ!!」


 俺のスイングしたステラギアは、ジャストタイミングで怪異の巨体に接触する。

 そして――。


 カキーン!!


 ――グエェェェェェ……!!


 ピューーーーン!!


 キラーン☆


 …………あれ?


 どっか飛んでいきましたけど?

 大丈夫ですかね、これ……?


『ホームラン……』


 そして無線の向こうから、楠木さんのそんな声が聞こえた。

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