act.10「初心者同士ですね」

 結局、ステラギアを上手く扱うことが出来ないまま、俺は言われるがまま配置についていた。


『――芹澤さん、聞こえますかー?』


 腕に嵌めているステラギアギアから、声が着替えてくる。

 この物腰の柔らかそうな声は……楠木さんだ。


「はい、聞こえてます」

『本当ですか? よかった……』

「ステラギアって……こんな使い方も出来るんですね」

『はい。なんでも魔力を媒体にして通信してるみたいです』

 と言っても私もよく分かってないんですけどね、と楠木さん。


『今回は私が芹澤さんのオペレーターを担当しますので、よろしくお願いしますね?』

「あ、はい。……つか、千景さんは?」

 

 俺がそう聞くと、楠木さんはあー……、と言い淀む。

『学院長は、速水さんのほうを指揮するそうなので……』

「……なるほど」


 どうやら別々に行動するというのは、そういうことらしい。


「魔法少女を指導するってのも大変ですね」

『あはは……実は私、オペレーターはあまり経験なくて……』

「そうなんですか?」

『はい、普段は学院での教育担当で戦闘区域にはあまり出ませんので……。それに、いつもは生徒会の子たちがやってくれていますし……今日は他の場所に駆り出されてしまったので、いませんが……』


 そうか、つまり楠木さんは。

「俺と同じ、初心者って訳ですか」

『ええ……ですので、お手柔らかにお願いしますね?』


 本来なら千景さんがメインで戦場を指揮する予定だったのだろう。

 それが、あんなことになったお陰で指揮系統を分断せざるを得なくなり……急遽俺のほうを楠木さんが担当することになったってところか。

 なんというか……同情する。


 まぁ、でも……。

「気楽に行きましょうよ」

『え?』

「どうせ向こう側の魔法少女が、全部片付けてくれるでしょ。初心者組の私たちには、出番は回ってきませんって」


 俺がそう言うと、無線の向こうにいる楠木さんは旧に押し黙る。

 そして数秒間の沈黙の後、こう呟いた。


『……まさか芹澤さん、学院長からなにも聞いてないんですか?』

 ……は?

「なにもって、何のことですか?」


 すると楠木さんは、少し躊躇いを見せつつも、こう言った。


『あの怪異は……速水さんひとりじゃ、倒せないんです』

「え……?」


 ……そう言えば、さっき千景さんも似たようなことを言っていた気がする。

 俺の出番は必ず回ってくるって。

 あの時は、ただ適当なことを言っていただけだと思っていたのだが……。


「楠木さん。それって……どういうことですか?」

『えと、それは――』


 楠木さんがなにかを答えようとした、その瞬間――。


 遠くの方で、何かが破裂したような音が聞こえ……その音がした方から、ミサイルのような何かが飛んでいくのが見えた。

 そしてそのミサイルは上空で二つに割れ、そこから現れた水晶のようなものを起点にして結界が形成されてゆく。


「あれは……」

『試作型AMF高域拡散ミサイル――AMFランチャーです』

「AMF……ランチャー……?」

『怪異との戦闘に入る際は必ずAMFアンチ・マジック・フィールド――魔法の被害を拡大させないためのフィールドを展開させる必要があるんです。普段であれば、それも魔法少女にやってもらうんですが……今回は人手不足なので、こちら側でフィールドを展開させてもらいました』


 それが、さっきのミサイルか……。


『もっとも試作品な上に高級品なので、簡単には使えませんが……』

「高級品って、どれくらいですか?」

『んーと、そうですね……国家予算の1%が消し飛ぶレベルです』


 ……マジ?

 つまり国家予算の1%が、空中で木っ端微塵になったってことですか……?


『よくニュースで使途不明金って問題になってたりするじゃないですか』

「ええ、はい」

『あれ、大半が怪異対策課ウチのせいですから』


 ええっ!? 

 そうなの!?


 ……なんだか頭が痛くなってきた。


「……聞かなかったことにします」

『それがいいと思います』


 ……ってそんな話じゃなくて!


「楠木さん、さっき言いましたよね? あの魔法少女だけじゃ怪異を倒せないって……あれ、どういう意味ですか?」

 

 俺が先ほどの質問を、もう一度問い直す。

 すると楠木さんは、その口を重々しく開いた。


『それは……――』


◇◇◇


 ――速水珠々奈は、飛行形態フライトフォームに変形させたステラギアに跨りながら、空中に広がってゆく結界――AMFを眺めていた。


「……また、余計なものを作ったものですね」


 珠々奈がそう呟くと、ステラギアの無線機能から、女性の声が聞こえてくる。


『まだ試作品だけど、魔法少女の手を借りずにAMFを展開できる装置――名付けて、『AMFランチャー』……どう? カッコいいでしょ?』


「カッコよさで怪異を倒せるなら、今ごろ誰も苦労しません」

『あらー、冷たいのねー。せっかく私が直々に開発を主導した自信作なのに』


 そんな軽い口調の声は……しかし次の瞬間、冷酷なものへと変わる。


「……でも、これで貴女は、心置きなく戦える。そうでしょ?」

「……はい」

 その言葉に、珠々奈は一瞬で察した。


 学院長がわざわざこんな試作品を持ってきてまでAMFを展開したのは……珠々奈が怪異に敗北した際の逃げ道――言い訳を作らせないためだ。

 つまり……学院長は最初から、この怪異に珠々奈が勝てると思っていない。


 ――クソ。

 舐めるな。こんな怪異ごとき、私ひとりで――。


『分かってると思うけど、さっきの子、後ろで待機させてるから。もし貴女ひとりで怪異を倒しきれなければ、あの子を加勢させるけど、良いわよね?』


「……フン」


 いいだろう。

 やってやる。

 

 あのいけ好かない魔法少女がしゃしゃり出てくる前に……私が全てを終わらせてやるんだ――。


 珠々奈は胸の中でそう誓うと、蠢き続ける怪異の懐へとダイブしたのだった。

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