死刑囚の名著

ちびまるフォイ

誰のための本か

「看守さん、看守さん」


「どうした囚人番号001」


「おりいってお願いがあるんです。

 実は本を書いてみたんです。私の死刑は決まっているでしょう?

 なので、この本をどうか出版してくれませんか」


「お前、本なんて書く趣味あったか」


「死を悟ってからは時間を大切に使うんです。

 本当の意味で一生のお願いです。どうか、どうかこの本を世に出してください」


「預かってはおく。ただ、内容によっては出さないぞ」


「もちろんです。前向きによろしくお願いします……」


看守は控室に死刑囚の書いた本を持ち寄った。


「まったく、俺たちの悪口書いてないだろうな」


看守が本を広げると、書かれていたのは囚人生活とはゆかりのない

高校生のピュアなラブストーリーだった。


普段は本を読まない看守もページをめくる手がとまらず、

気がつけば点呼もほっぽって本を読み切ってしまった。


看守は読み終わると涙が止まらなかった。

読み終わってからも感情が揺さぶられ続けるのだった。


集合時間に来ない看守を仲間の看守が呼びにやってきた。


「おおい、なにやってんだ。看守点呼の時間……うぉっ!? どうした!?」


「じ、じつは……この本が……」


「死刑囚の本? なんでそんなもの受け取るんだよ縁起でもない……」


「とにかく読んでみろって」


反応は最初に読んだ看守と同じものだった。

読み終わってからはこの感動を世間出さなければという使命感すら湧いてきた。


「この名作を出版しよう。こんなに救われた気持ちになる人を増やすんだ!」


「それは同じ気持ちだけどよ。作者の名前はなんてするんだよ」


「え?」


「まさかそのまま死刑囚が書きましたって、出す気か?

 人殺しが書いた本なんて誰も手を取らないどころか、

 出版したこっち側の責任問題になりかねんぞ」


「でも……だからってこの名作をタンスの奥にしまい続けるのは……」


「よしわかった。それなら俺が代理で作者になってやろう。

 それなら大丈夫だろ。ようは死刑囚が書いたってバレなきゃいいんだ」


「嘘つけ。本当は印税がほしいだけだろ」

「お前にも半分やるからよ」


看守たちの打ち合わせの結果、死刑囚のことは伏せて出版された。


出版されるや本は品切れと高額転売が発生するほどの大ヒット。


本を読んだら何度でも泣いてしまって心配させるため、

公共での読書が禁じられるほどだった。


なにより一番驚いたのは看守のふたりだった。


「おいおい、すごいぞ。もう映画の話も出てる!」


「み、見たことない金額が口座に入ってるぞ!?」


何度現世に蘇り直しても使い切れないほどの大金を手に入れたふたりはその日飲み明かした。


「ひっく。それで、これからどうするんだよ……?」


「俺は看守を辞めるぜ。ハワイに別荘を買って自由に暮らすんだ」


「そうじゃなくて、死刑囚にこのこと伝えるのか」


「バカ。そんなことしてみろ。ブチ切れてなにされるかわからないぞ」


「だよなぁ。じゃあ世間にはいつか明かすのか?」


「なんでそんなにバラしたいんだよ。あの本は俺が書いたってことにしておくんだ。

 死刑囚が書いたことがバレたら、コアなファンが何するかわからないぞ」


「……たしかに」


大ヒットした死刑囚の名作は、幅広くコアなファンを沢山生んだ。

真実を明かせば怒り狂ったファンが看守を刺すかもしれない。

本当の作者である死刑囚の死刑を妨害するかもしれない。


「黙っておくのが一番だよ。バラすのは死んでからでいいさ」


「……そうか」


その日から看守は1人となり、もうひとりの偽作者は石油王のような暮らしを始めた。


看守も同じ生活ができるだけの財産を持ってはいたが、

人の才能で得た富を自分の好き勝手に使うことに後ろめたさがあった。


1ヶ月もすると死刑囚の名作は社会現象となり、

翻訳されて海外にまで出版されて、海外の美術館に永久保管されるほどになった。


映画化にアニメ化、漫画家にゲーム。

あらゆるメディアから作品が作られて、作品がますます知れ渡っていく。


看守はもう口座の金額を見ることを辞めた。

桁数を数えるのが大変すぎるからだ。



それからしばらく経った日。

深夜に看守の家のインターホンが鳴った。


「誰だこんな時間に……」


カメラ越しにはかつての看守。今は本の作者がやつれた顔で立っていた。


「頼む……開けてくれよ……ここしかもう行く場所がないんだ……」


「ど、どうした!?」


慌てて扉を開けると、作者は玄関に倒れてしまった。


「もう限界だ……助けてくれ……。早く本当のことを話そう……もう無理だ」


「えっ……何があったんだよ」


「俺の家には野次馬とファンがごった返して24時間監視されてる。

 これじゃ囚人と同じだよ。どこへ行ってもついてくる。

 心休まる時間なんて少しもないんだ。それがずっとだ……」


「だからって、今さら真実をバラせる状況じゃないだろう。

 ハリウッド映画の話も来てるほど、話が大きくなってるんだぞ」


「じゃあこのまま俺にこの監視拷問を受け続けろっていうのか!?

 毎日毎日、次の作品はいつですか?って聞かれるんだぞ!! 頭がおかしくなる!!」


「死刑囚の名前を伏せようって言ったのはお前じゃないか」


「誰がこんな事態になるって予想できるんだよ!!」


「わかったよ! それじゃ……こうしよう。

 作者は最初からいなかったってことにするんだ」


「いなかった? どういうことだ」


「詠み人知らずってやつだよ。作者不明さ。

 俺たちが刑務所で書かれた作品を見つけたってことにするんだ。

 それなら問題ないだろう」


「この監視され続ける生活から解放されるのか?

 もうスマホのカメラにおびえなくていいのか?」


「作者じゃないってバラすんだから、その心配はなくなる。

 それにファンが死刑囚を助けようとする危険性もないだろ」


「そりゃいい! 早くバラそう! 明日にも!」


そうして翌日には記者会見が開かれ、

あの本が実は作者不明であったこと、自分たちが拾って出版したことを話した。


カルト的なファンや、一部の意地悪な記者からは

黙っていたことへの追求はあったものの大きな混乱はなかった。


「私も……自分がみなさんを騙しているという重圧に耐えられなくて……。

 でもこの名作をなんとかみなさんに届けたい一心でした……」


最後は偽作者の涙で記者会見は終わった。



それからは作者不明ということで、家を囲んでいたファンも波が引くように去った。

ぶしつけに次回作を求めることもなくなり、元作者はすっかり元気になった。


本で得た印税はすべて没収されて募金された。

手元には1円たりとも残らなかったが、それでも後悔はなかった。



死刑囚の作った本から始まった映画が大ヒットする頃、

看守は久しぶりに死刑囚の牢屋の前へと歩いていった。


それが何を意味するのか囚人もわかっていたようだった。


「看守さん。時間ですか」


「……ああ。今日が死刑の日だ」


「こういうの、事前に教えてもらえないんですね」


「そういう決まりだからな。行くぞ」


「はい」


冷たい廊下を死刑囚を連れて絞首台に向けて歩く。

カツン、カツンと足音が響く。


「最後に食いたいものは本当にないのか?」


「死刑囚として生活していくうちに食欲なんてなくなっちゃいました」


「……そうか。それじゃ階段を上がれ」


囚人が階段の一段目をあがったときだった。

ぴたりと足を止めて看守の方を振り返る。


「看守さん。最後にひとこと言い残したことがあります」


「なんだ」


「あれから本は……本はどうなったんでしょうか。

 刑務所ではなんにも情報がなくって……」


「ああ、そうか。なにも伝えてなかったな。

 お前の書いた本は大ヒットしているよ。すごいな」


「そうですか、そうですか。ああ、嬉しいなぁ」


「よかったな」



「ええ本当によかったです。これで娘も浮かばれます」



「……娘? 娘がいたのか?」


「はい、事件を起こす前にできた子です。生まれつき心臓が悪くて。

 手術代なんか払えません。強盗も失敗しましたしね……」


「まさか……!」



「大ヒットしたならそのお金できっと娘の手術ができますよね。

 娘は余命あと数年だったんですが……間に合って本当によかった」


「……」


「看守さん。私の口座の名義は娘にしてあります。

 私が死んだら、印税がたくさん入った私の口座を娘に渡してくださいね」


「ああ……約束する……」


「ありがとうございます。ろくな人生じゃなかったですが、

 最後に娘を幸せにできて本当によかった。いい人に巡り会えてよかった……」




死刑囚は涙を流しながら絞首台で人生を終えた。

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