第30話 シャルルの事情 ⑦
俄然怪しく名前が急上昇して来た女の子『ダニエラ=フィリプス』
顔も思い出せない彼女が仮に『エリー』だとしても、何故
(いや…早合点はいけない)
他の『エリー』嬢の可能性もあるのだ。
「シャルル君、そろそろ一限目がはじまるから教室に戻りたまえ」
姉さまのクラスを教えてくれた先生は、時計を見ながら僕へと声を掛けた。
教科書やダンスシューズを失くした件の詳細をハイネ先生に聞きたくて僕は先生へ尋ねた。
「はい…分かりました。あの…今日ハイネ先生は来られますか?」
「ハイネ先生かい?君の学年は今日は授業は無かった筈では?」
「はい。ですがもうすぐ試験ですので、少しダンスのステップについてお聞きしたく…」
本当は僕は全く必要ない。
が――ハイネ先生に会う口実は必要だ。
今回の試験にも勿論『ダンス』は必修科目として含まれる。
僕自身ダンスが好きだし社交界では舞踏会で必須なので、ヘイストン家では定期的に講師を招いて練習をしている。
僕は学園で一応必須とされている基礎の『ウィンナーワルツ』の右周りは勿論の事、左周りも習得している。スローワルツも出来るし、同じく試験科目の『フォックストロット』はスローもクイックステップも出来る。
時々パートナーとして姉さまも一緒に踊っているがまあまあ上手な筈である。
「おお、君
先生は感心した様に頷いて言った。
「え…?」
僕は思わず先生の言っている事を聞き直してしまった。
「…失礼。先生、今何と仰いました?」
何だ?――それは。
(朝からダンスの練習の為に学園へ行っている?)
――家には僕がいるのに?
(一体
「ん?シャルル君…もしかして君知らなかったのですか?君のお姉さん『ダンスの練習をしたい』と朝から講堂を借りて、
++++++
休み時間にそれとなくハイネ先生に確認したが、結局先生は姉さまの教科書とダンスシューズが無くなった件については全く知らない様子だった。
ただやはりと云うか――『エリー』の正体は『ダニエラ=フィリプス』らしい。
試験内の科目でどうやら彼女とダンスバトルをするらしいと判明したからだ。
(成程…それで早朝練習という訳か)
僕はそれについては納得した。
けれどどうしても納得できないと云うか、分からない事がある。
(これは後ほど姉さまに訊いてみなければ)
姉さまがどうしていじめについて
そして試験前だからと言って、自宅で練習した方が効率が良いに決まっているダンスの練習相手を
++++++
「何なんだ。一体…何故なんだ…」
僕は虚空を睨みながら頬杖をついて呟いた。
何時の間にか落ちる陽の西日が教室にも強く差し込んでいる。
ここは高等部棟の生徒会にある一室である。
試験に向けての勉強を教えて貰う為(という口実のデートだ)、ぼくは副生徒会長デヴィッド=ブレナーの元に訪れていた。
僕の目の前には氷の美貌の持ち主デヴィッド=ブレナーが座って、僕を見つめながらノートを指さして言った。
「シャルル君…今日の君、全く集中して無いね」
「…え?」
僕は彼の言葉にと共に、自分のノートに目を落とした。
気付かない内に羽ペンの先からインクをぼたぼたッと落として、羊皮紙に小さな染みをいくつも作っていたのだ。
「…そんな事ないけれど」
「独り言も多いし、ずっと上の空ですけどね。
「それ…どういう意味?デヴィッド。姉さまが何故ここで出てくるのさ」
僕の棘のある口調が可笑しかったのか、デヴィッドは薄っすら笑った。
「貴方がおかしくなる時は、大抵がお姉様
「……」
「ご自分の事では恐ろしい程冷静な貴方が時折ひどく取り乱すのはいつなのか、そして何故なのか貴方と多少付き合う内に僕にも分かってきました」
「ふふ…いきなりどうしたのさ、デヴィッド」
僕はインクを落としたノートをパタンと音を立てて閉じながら笑った。
「突然おかしな事を言うね。一体何が言いたいの?
そのまま筆記用具を片付け始めた僕を、デヴィッドは氷の張った美しい湖の様な水色の瞳で見つめた。
「…貴方はプライドが非常に高く、ご自分のヘイストン侯爵家に誇りを持っている。そして同時に恐ろしく負けず嫌いだ。『勝ち』を得る為なら
「だから何だよ?今更じゃないか。それともこれ…僕の好きな所を言う話だった?」
やるからには――
『そんなのもう分り切った事だろ?』
僕はいつもの様ににっこりと笑って、デヴィッドに向かって両手を広げた。
デヴィッドはそんな僕を見るとまた少し薄っすら微笑んだ。
「でも貴方はいつも――『アリシア=ヘイストン』には違います」
デヴィッドの台詞を聞いた瞬間、僕の身体がギシリと傾いだ。
+++++
「…
「おや、
舌鋒鋭く僕を追い詰め始めたデヴィッドに反対する様に、僕はその場で椅子から勢いよくガタンと立ち上がり、
「何を言ってるんだ?デヴィッド!
言葉とは反対に僕の声が徐々に小さくなるのを、デヴィッドは見過ごさなかった。
デヴィッドはそのまま強い口調で僕へと言い聞かせる様に続けた。
「――そうです。貴方は本来圧倒的なその
「――止めろ!!」
僕は筆記用具を握り締め、椅子をガタガタと倒しながら後ろに下がった。
そして首を横に振りながら、僕は息を吐く様に小さく言った。
「……止めろ……」
無理だ。
そんな事を
『――姉さまの笑い声。
泥だらけの手で持って来た庭の花束。
僕を安心させる様に握った小さく温かい手。
彼女の泣く時の小さな息継ぎ。
『大丈夫、側にいるわ』の言葉のトーンと僕の髪を優しく掻き上げる指先。
ぷんと頬を膨らませてむくれる時の表情と眠る前の伏せて震える睫毛の影。
ストロベリーブロンドが揺れて手を挙げる僕の名前を呼ぶ時に微笑む顔。
ピンクのリボンの絹のハンカチに丁寧に縫われた――with love の言葉』
それをしてしまえば――永遠に失ってしまうかもしれない。
ずっとずっと大事に『箱にしまって』きたものを。
「…そんなのは…無理だよ…できない…姉さまに……」
デヴィッドはそんな僕を暫く見つめると――小さくため息をついた。
そして机に置いたままのノートを僕へと渡しながらいつもの落ち着いた声に戻り、少し寂し気に僕へと言った。
「何故彼女
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