第26話 シャルルの事情 ③

僕が丁度8歳になった時の事だ。

父上――ヘイストン侯爵がいきなり僕に告げた。


「これからヘイストン家の後継者を決める予定だが――

「――え?」


父上の説明に僕は唖然としてしまった。

何と父上に因ると姉さまはその話をした途端、『ヘイストン侯爵家の後継者』の地位に並々ならぬ意欲を示したらしい。


「あの子に『わたくしには無理ですわ、お父様』の言葉を期待した儂が馬鹿だったな。これで少しは女の子らしい事に興味を示してくれれば…と思っていたのがなあ…」

どうやら姉さまは父上の思惑とは異なる反応をしたらしい。


父上はそのまま『…やはり母親が居ないと娘の扱いは難しいな』と呟いて顎を搔いた。

姉さまの場合母上云々は関係がないとは思ったが、一応僕は父上に確認をした。


「姉さまがこのヘイストン家の当主…女侯爵になるおつもりだという事ですか?」

「どうやらそうらしいな。シャルル、お前はどうする?」

「…いえ、どうするも何も……」

「まあ、お前の言い分も分る。…悪いな、アリシアが萎えない程度に上手くやってくれ。シャルル…お前なら出来るだろう?」

「…はい。分かりました、父上」

「あの子の長所でもあるが…意識が高く前向き過ぎるのも…ちと考え物だな」

そう言って父上は今度は盛大なため息を付いた。


父上の名誉の為に言っておくが、元々爵位は男児が継ぐものとされている。

決して『姉さま』や『女性』を軽視している訳ではない。


ヘイストン侯爵家は数字に強く金の匂いに敏感で、処世術に長けている者が多い。

でなければ『金脈の門番・国庫の番人』と言われる地位にまで成っていない。


姉さまは数字に強く金の匂いに敏感で、他人とは違う素晴らしいヒラメキも持ってはいるが『蝶の様に舞って蜂の様に刺す』という辺りの立ち廻りが元々苦手だ。


『国庫の番人』という役人の命を背負っている以上、必要であれば社交界の中でするりと相手の懐へ飛び込み、相手から情報を引き出す位の話術を含めた処世術を身に着けるのは勿論の事――もっとディープな貴族の裏社会事情を知りつつ、それを飲み込んで行かなければならない。


(あの姉さまに…それが出来るのだろうか)

分からない。

分からない以上――様子を見るしかない。

僕はそう決意した。


+++++


僕等は12歳になった。

そして姉さまと揃って、王立学園の中等部へ入学する事になった。


中等部の校舎前までは二人で馬車で通学するのだが、男女の性別によるクラス分けのされている学園だから、いくら僕等が双子とは云え姉さまとは完全に分かれて勉学をする事になった。

女性に囲まれる事が多かった僕にとって、そこはある意味新鮮で色々な意味で刺激の強い環境だった。


周りには同学年の育ちの良い美しい少年等もいたが、僕には『萌えない』と云うのか『キレイすぎる』というか…少々物足りなかった。


つまらないというか――そう『色気が無い』

まずこの一言に尽きた。


この時自分はまだ手管の未熟な少年だったので、を知らなかった…という事情もある。


お陰で暫くは妙な雑念に惑わされる事も無く、クリーンな学園生活を送る事が出来た。


しかしある日毎年恒例と云われる高等部生徒会主催での『異学年交流』に参加する事になった。

所謂『簡単なゲームとかをやって年上のお兄さんと仲良くなりましょう』と云うやつである。

(中等部とその上の高等部は同じ敷地内の学園だった為、直ぐ交流する事が出来たのだ)


『入学したての新入生が抱える悩みを優しいお兄さん達に聞いてもらいましょう』

『次に入る高等部がどういう所かを詳しく聞く機会にしましょう』

というの――いや、目的で教室を訪れた美しい青年たちを見た瞬間、僕の人生で数回目の背中に電流が走った。


美しく妖艶な青年が何人もやって来たのだ。

まさに僕の理想とする青年達だった。


『やった!――とうとう…!』

キター!!と僕は心中小躍りしたのだった。


そしてその中に今の僕の恋人――眼光の鋭い氷の美貌の持ち主デヴィッド=ブレナーもいたという訳である。


+++++


『異学年交流』とはいわゆる美しく優秀なお兄様達によるだという事を後でデヴィットに聞いた。


高等学園の生徒会は殆どがゲイ・若しくはバイの集団で、皆爵位持ちの家庭だった。

なかなか公に出来ない分結束は固く…皆巧妙に隠していたが、僕は直ぐに見抜いた。

――がそこは決して表に出してはならない。


僕の立場は飽くまでノン気の美しい少年である。

そして簡単に落とせる相手だと侮られてはいけない。


無邪気な少年を演出するのはお手のものだった。


そしてどうするのが相手が喜ぶのかを察するのは、最早僕が快適に生きる為の本能に近い。

その証拠に生まれた時から屋敷の殆どの人間が、僕の仕草を見ては『天使みたい』『可愛い』と褒め称えてくれた。


そう――僕の姉さま以外は。


僕はターゲットを孤高の氷の美貌の持ち主デヴィッド=ブレナーに決めた。


他の青年も美しかったが彼は一際頭も良かったのだ。

爵位の都合上(デヴィッドは子爵家だった)副会長をしていたが、実質生徒会の会長同然だった。


(僕がゲームを仕掛ける相手に相応しい)

僕は初々しさを滲ませあくまでも恥ずかしそうに、美しい生徒会の青年達に近づいた。


+++++


最初からはデヴィッドには近づかない。

直ぐに狙っているとバレるからだ。


僕は中等科から勉強を教えて貰いにわざわざ高等科の生徒会まで出向き、その中でデヴィッドにも少しずつ接触していった。

僕がいくら美少年でも年齢的に守備範囲外だったのか、最初デヴィッドは僕の誘いには載って来なかった。

(他の青年は僕に誘いのサインを送ってきたが、無邪気に知らない振りをした)


僕は内心ニヤリとしていた。


(面白い)

――それこそ落とし甲斐があるというものだ。


+++++


僕は焦らなかった。

デヴィッドは僕が何度か訪れる内に、その会話の中で僕がヘイストン侯爵家の息子であるという事が分かり無下に出来なかった様である。


僕はそれも利用した。


事ある毎に何か相談を持ち掛け、その都度小さくボディタッチをする事も忘れない。

(しかし決してイヤらしく触ってはいけない)

そして相手デヴィッドが『もしかして…イケる?』と思った瞬間にスッと引くのに絶妙なタイミングも分っている。


それを何度か繰り返すと流石のデヴィッドも焦れた。

自分が五歳も年下の少年に振り回されているという自覚もあったのだろう。


ある日また夕陽傾く生徒会の一室で勉強を教えて貰っている時に、デヴィッドは言った。


「…僕を振り回していて楽しいですか?シャルル君」

「うん…楽しいよ」

僕はデヴィッドを見つめて無邪気に笑って言った。


「デヴィッドが僕に触りたい…って顔をしているのを見ると、僕最高にゾクゾクするんだ」


そう言った瞬間――デイヴィッドは立ち上がるなり僕を机の上に押し倒した。

あの美しい氷の様な顔が僕の名を呼びながら夢中でキスをしている。


僕のシャツを脱がせるデヴィッドを見上げながら――

『勝った…!』

僕はこの勝利に酔い、デヴィッドのキスと愛撫を心から受け入れた。


これ以上の詳細は残念ながらここでは話せないが、僕は最終的に王立学園高等科の生徒会長になった。

それがどういう意味なのか…察しの良い方なら分かるだろう?


話が長くなってしまったが、そうそう…姉さまの話だったね。

それはまた――次回にしておこう。

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