第6話 トリュフとイケメン…そして、 やらかし

食堂兼広間にやって来る前――廊下を歩きながら嫌な予感はしていたのだ。


そして到着してから――。


(ああ…やっぱり…)


――…。


半ば予想はしていたが、少し湿気くさい大広間にぽつんと食事用の長テーブルが置かれている。


家具はほとんどなく、かつては美しかっただろう部屋の壁紙が今は変色して、いかにもみすぼらしい。


よく見れば、部屋の天井端に蜘蛛の巣も見えるではないか。


にこにこしたデイジーは気づいていないようだったが、部屋に入ってすぐにバートンとコック帽を被った背の高い男性(コック長だろう)が、ぎょっとした顔でわたしを見た。


2、3秒わたしを無言で見つめた後、

バートンはわたしをうやうやしくテーブルに案内し、椅子を引いてくれた。


「旦那様は仕事で間に合わないので、

先にお召し上がりになるようにと仰られておりました」


「…わかりましたわ」


(ああ、恥ずかしい…)


ひとりで着飾った恥ずかしさに身を震わせながら、わたしは頷くしかなかった。


それにしても、夕食のお席ですらお姿を現さないなんて――。


(もしかしたら、わたし…本当に避けられているのかもしれないわ)


薄々気づき始めてはいたのだが――。


(確定ボタンを押された模様です)

と自ら虚しく中継して見る。


着席してすぐに食前酒や前菜が出ないまま、いきなりメインのようなお料理と籠に入ったパンがドンと出される。


その時に水と赤ワインが出された。


バートンがワインを、料理人の男性がお料理内容をそれぞれ早口で説明する。


わたしは頷きながら聞いていた。


ワインは近くのブドウ農場を経営する農民が、税金代わりに送ってくるものだという。


(え?――それは税金は徴取されていないって事?)


「税金は取っていないの?」


バートンに訊いた。

「…わずかです」


「亡き奥様の繋がりのある農家で…そのようになってしまいまして」


「そう…」

新参者のわたしが言うのもなんだが、そこは税金をきちんともらうべきでは?

――とも思ったが、口にはしなかった。


どうやらこの辺りの土地は恵まれているらしく、

頂いたワインはとても勢いのある洗練された味がして美味しかった。


お皿に野生味溢れるお肉(説明だと鹿肉らしい)とグレイヴィソースと、お野菜の付け合わせ(多分城の菜園で栽培された)とマッシュポテトの付け合わせは洗練されている内容とは言い難いが、

味は普通にというか…びっくりするくらい美味しい。


それどころか、一つ気になる食材があった。

――それはなかなか入手できないレアなものでもあった。


「トリュフね…これ」

「そうでございます」


珍味で金と同等の取引される高価なものなのに、メインの料理の横に惜しげもなくスライスしてあった。


「素晴らしいわね…。どうしたの、これ…」

「コレットが見つけて採ってまいりました」


――コレット?…思わず首を傾げた。


また新しい従業員の名前が出現した。


腕利きのトリュフハンターが従業員の中にいるのだろうか?


++++++++++++++++


デザートがガラガラとワゴンで運ばれてきた。

洋梨のコンポートとアイスクリームだった。


「洋梨は旦那様の果樹園で作られたものです。アイスクリームは俺の自家製ですが」


洋梨は爽やかに甘く、アイスクリームの軽い口当たりととてもマッチしていて、ちょっと感動してしまった。


凝った焼き菓子やチョコレートなどは好きで食べてはいたけれど、こんなに素材の良さで食べるデザートは、わたしの小さい頃死んでしまった母が焼いてくれたアップルパイ以来だ。


わたしは口元をナフキンで押さえたあとコック長に向かって


「こんなにおいしいデザートを食べたのは久しぶりよ…。どうもありがとう」


伝えるとコック長は帽子を外して優雅に一礼をした。


明るい褐色の髪がさらりと揺れる。


よく見ると、なかなかに顔の整った爽やかな男性だ。


(イケメンコック長…悪くないわね)


ふむふむと考えていると、食堂の入口の扉付近を通るワゴンの音ががらがらと聞こえた。


シルエットでしか分からなかったが、あの帽子からすると

(オリバーね…)


足元にブヒッと鳴く小さなシルエットも見えた。


何かを運んでいる様だが、廊下が薄暗過ぎて運んでいる内容も見えない。


彼と足元の小さなシルエットは、足早に奥の部屋に遠ざかっていった。

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