13番目の苔王子に嫁いだら、めっちゃ幸せになりました

花月

13番目の苔王子に嫁いだらめっちゃ幸せになりました?【side A】

第1話 結婚相手って誰ですか?


「――さよならだ。アリシア」


まず第一声がこれだ。


「…お前がこの城を去るのは寂しいよ」


由緒ある侯爵家――白髪に立派な髭を蓄えた、わたしのお父様チャールズ=ヘイストン卿の言葉である。


「白々しい…」

わたしは思わず声に出して呟く。


お父様が激昂したように訊き返す。

「何だと!?白々しい?」


「いえ…有難きお言葉でございます」

わたしはおざなりに答えた。


「お前の為を思っての縁談なのだぞ」


分かっとるのか?とお父様は続けた。


(…はいはい、そうですか…)

不貞腐れ気味のわたしは、今度は怒られない様に心の中で呟く。


「シャルルがこの家を継ぐと決定し、お前に居場所が無くなってはと心配をしての事なのだ。

しかも皇室の一員になれるとは誉高いではないか。ちなみに王子の名前は…。

名前は…ううむ、なんだったか…」


(ちょっと、覚えてないの!?)


名前もはっきり覚えていない王子との結婚のお膳立てを「感謝しろ」と言わんばかりお父様の言いぐさにわたしは、思いっきりカチンときてしまった。


わたしは嫁ぎたいだなんて一度も思った事はないし、言ったことも無いのに。


むしろこの家をバリバリに継ぐつもりだったから、その為に血の滲むような努力もしてきたつもりだったのに。


しかし今は――後継者争いに負けてしまった身である。


敗戦の将ってやつね…。


「…わが弟殿は小躍りしていたに違いないでしょうね」


事実を言っただけで(実際身内での祝賀パーティは開かれていたんだから)嫌味を言うつもりも無かったのに、何故かお父様は過剰に反応された。


「その不満げな陰気な顔と、可愛くない物言いの全てがこの屋敷を出る原因になっていると、お前は考えなかったのか?」

顔色を真っ赤にして、お父様はわたしへ食ってかかられた。


「では、お父様は弟の美しいお顔と、蜜のように甘い言葉で後継者を決められたという訳ですね?

でしたら、もう一度考え直した方がよろしいわ」


わたしの言葉でお父様の顔色が真っ赤から真っ白へ変わった。


(あー…やっちゃったわ、これは倒れるかも…)

と思った瞬間、――案の定バタンと後ろに倒れた。


(ふう…召使達が優秀で良かったわ)


お父さまが倒れるのを予期してか、大きなクッションをわたしとお父様の会話が始まってすぐに、背後で敷き詰めていたのが見えていたからである。


「姉さま…」

タイミングを見計らって居たかのように、わが弟君シャルルが淡い金髪を天使さながら揺らして、優雅に扉をノックして入ってきた。


倒れたお父様の近くにしゃがみ、薄い頭頂をつるりと撫でると、

お父様を困らせて、こんなに倒れる迄酷い事を言うなんて…」

さもわたしが極悪非道な所業をしたかのように言う。


「言っただけよ。それに大した内容は言ってない。――事実を言ったまでよ」

「姉さま…」


シャルルは優美に身体を翻してこちらに歩いてきた。

まるでダンスをするように滑らかな動きだ。

そこらの婦人より美しいのがまた腹が立つのだ。


「そういう処だよ。こんなに可憐な女性なのに…」

とわたしの顎をクイっと上に向かせると、もう一方の手のひとさし指をわたしの唇に当てた。


「言わなくていい事を平気で言う癖…良くないよ。姉さまの悪い所だ。

そうすれば、ヘイストンの威光だけで男が寄ってきやすいのに」


「…その言葉をそのままあんたに返すわ、シャルル」


わたしはシャルルの手を振り払って、

わたしよりも20㎝は高いであろう弟を睨んだ。


どうして同時に生まれたのにこんなに違うんだろう。

わたしは完全にちんちくりんな父親似だ。

――いや、これは言い過ぎだろう。


真っ直ぐなストロベリーブロンドと淡いグレーの瞳。

可も無く、不可も無く…といった目鼻立ちってところだろうか。


まあまあ、ごくごく普通の容姿だ。


シャルルは天使の様な癖のある淡い金髪と、煙るようなニュアンスのあるグレーの瞳の、亡きお母様似の超美男子である。


「ヘイストン家があんたの代で途切れなきゃいいけどね。…早めに養子を貰うようにお父様に頼んだ方がいいわ」


シャルルは鼻白み、珍しくわたしを睨んでから思い返したように、にっこりとした。


「嫁ぎ先で捨てられたら、何時でも戻って来てくれていいんだよ?

姉さまなら何回でも迎え入れてあげる。…僕、待ってるからね」


皆を魅了する大嫌いな天使の笑顔で言った実の弟に、わたしの寒気は止まらなかった。

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