悪魔召喚の儀
ボレロが前に出て鎖を絞め直し、一つ一つに鍵をかける。これでカルムはほぼ動けない状態になった。
「後悔はしないな」
「ああ、おれは大陸一の魔導師になってやる。そして……」
ボレロが配置につく。
「リーガルを殺す!」
「お前には話してなかったがな、あの魔導師」
「なんだ?」
「あの怪物を作り出した魔導師よ」
カルムが身を乗り出す。サキヤも。
「名をゼネ・コルヘという。リーガルの手下だ」
血相を変える二人。サキヤが叫ぶ。
「じゃあ、あれも命じたのはリーガルか!」
「そういうことだ」
ボレロが淡々と答える。
カルムが肩を震わせている。
「両方とも殺してやる……婆ちゃんと姉ちゃんに誓ったんだ! やってくれ。兄者!」
「その前にお互いに眠らなくなる魔法を。クスシターティオ!」
覚醒の魔法を互いにかけあう。
「では参る」
おごそかにボレロは経文を開き詠唱を始める。しばらくするとカルムが首をふり、暴れ始めた。
やがてカルムは下を向き何か黒いものを大量にはきだした。それはおびただしいほどの数のムカデのむれだった。
「うわー!」
サキヤが叫ぶ。
ムカデはやがてカルムを覆い尽くしてしまい、カルムの全身に噛みつく。
「うぎゃーーー!」
始めてから三十秒で、カルムは後悔をした。まさか自分の一番嫌いな虫が口から出てくるとは。予想外の責め苦にガクガク震え、ついに小便を漏らしてしまった。
しかし祖母、姉、キリウムの顔が脳裏に浮かぶと、不思議と力が湧いてくる。やがて少しづつ慣れていった。
このような責めが一時間ほど続くと、ボレロの詠唱のトーンがかわる。するとムカデがすっぱり消え失せ、今度は業火がカルムを焼き付くす!
「死んでしまうぞ!」
サキヤが叫ぶも、ボレロも絶世の美女がかかっている。やめる訳にはいかない。
炎は間違いなくカルムを焼きつくしている。熱さ、痛み、苦しみは本物である。しかし不思議なことに火傷をしない。
「あー!」
カルムは声にならない叫びをあげ続ける。時おり体を狂ったように動かす。火あぶりの刑がこんなに苦しいとは。気絶しそうになるが、できない。あまりにも痛すぎて。
そんな一時間が終わったら今度は冷気である。これはさほどでもないと思いきや、体中が震えて身の置き場がない。
「うー」
体に霜がつく。凍てついたその身をよじり、心の中で叫び続ける。
(助けてくれー!こ、これが七日七晩も続くのか!)
意識が散漫となり時おり遠退く。通常では明らかに凍死しているであろう冷気にただただ耐えるしかない。「やめてくれー!」と言ってもボレロが無視するだろう。お互いにやめないと誓ったのだから。
虫、炎、冷気の三獄が一巡した。またムカデに戻る。
「ごぼぁー!」
「サキヤ、五日間もどこに行ってるのかしら」
ミールが心配してつい口にする。もうこの言葉は言ってはいけないことなのに。
「軍人さんにはね、いろいろあるんだよ」
母も同じことしか言わない。
そこにジャンとバームが表れた。
「朗報だぞ、お二人さん。サキヤは生きてる!」
二人の顔が輝いた。
バームが言う。
「おれの部下に、メールド流の使い手がいてな、サキヤの居どころを調べさせると、なんとカルムの家にいるみたいなんだ。カルムは何か儀式のようなものをうけていて、念波でサキヤに問いかけるといま非常に重要な事態なので離れる訳にはいかないそうだ。なにやら父の復讐がかかっているらしい」
「父ちゃんのかい?」
フラウが、身を乗り出す。
「ああ、あの怪物を生み出した魔導師、そしてそれを影で操ったリーガルという男……この二人を抹殺するそうだ」
ミールが心配げにバームに聞く。
「それは危ういことなの?」
「おそらくな。儀式はあと三日間で終わるということなんで、そのころおれたちも合流するつもりだ」
「気をつけてね、無理するんじゃないよ」
フラウのねぎらいの言葉に、
「ああ、分かっているよ。母上もミールも体を壊さないように。では行ってまいります」
ジャンとバームが敬礼をし去っていった。
緊張の糸が切れ、泣き出すミール。フラウはそんなミールを優しく抱きしめた。
六日目に入った召喚の儀式。カルムもボレロも疲労困憊している。
ムカデと冷気には慣れてしまった。意識を別の世界に飛ばすのだ。すると現世での苦しみはやわらぐ。心ここにあらずといった感覚か。
しかし火あぶりだけは慣れない。最強の苦しみがカルムを襲う。
「ぐう…………」
もう、声すら出ない。しかしあと一日。その思いだけがカルムを支えている。
(ここまで来たんだ。どうか成し遂げてくれ…… )
祈り続けるサキヤ。
七日目がきた。不眠不休でボレロのほうもふらふらだ。
そこへ庭の隅に魔方陣が出現し、ジャン、バーム、そしてもう一人知らない男が表れた。
「あ、悪魔と戦うんでしょ?そんな恐ろしいこと……。私は約束通り、これにて失礼させていただきます」
男はそそくさと帰って行った。
ジャンがサキヤに聞く。
「魔力を上げる儀式だって?」
「らしいね。もう二人とも七日間何も口にしてない。あと半日耐えれば終わるらしいんだけど……」
ジャンとバームは驚く。カルムが真っ黒な虫で覆われていたからだ。二人、よく目をこらすと……
「ギャー!ム、ムカデだ!なんだよこの儀式」
「まだ火あぶりと、極寒の地獄もある。この三獄がカルムを襲っている。成功するように祈るしかないよ。おれたちに出来ることは」
サキヤは、もう達観している。
「そ、そうか。パンとウインナー買ってきたんだがな、あの二人に悪いな。家の中でこっそり食おう」
深夜になった。ついに十二時を迎える。
するとカルムの前になにか黒い影のようなものが表れた。
カルムが瀕死の気力をふりしぼって「インウォカーティオ!」と呪文を唱える。黒い影はするするとカルムの中に引きずり込まれていった。
カルムがみるみる元気になる。右手を見ると鎖が砕けちり、左手を見るとまた鎖が砕ける。
「これだー。この感覚だー!おれの求めていたものは!気力が充実し、なにも恐れることのない境地。これでリーガルと対等だ!必ず復讐してやる!」
悪魔召還の儀式は終わった。
一同が見守る中、「フレア!」と唱えると、大きなもみの木が一瞬で燃え上がり炭になった。
「兄者よ、約束を果たそう」
へろへろになり座り込んでいるボレロ。
カルムが呪文を唱える。
「ヒウマノ!」
するとボレロのまえに真っ白な衣装をきた、とびきりの美女が表れた。しかも若い。二十歳前後だ。
ボレロは狂喜し、女の手をとった。
「頑張れよ、カルム。応援してるぜ。女はいただいていく。じゃあな」
ボレロは魔方陣を出すと女と一緒に消えてしまった。
サキヤはカルムとハグをする。
「終わったのか。よく頑張ったな」
カルムが鋭い目をして答える。
「まずはコルヘって奴を地獄送りだ。そして……」
カルムが前に倒れる。支えるサキヤ。
「覚醒の術をといて、二、三日寝たほうがいい」
「ああ、すまない。お二人さんも来てくれてたのか。庭の隅に軍が持ってきた一億ガネル入ったバッグがある。それで飲み食いしていてくれ。おれはシャワーを浴びる」
ふらふらと家の奥に向かうカルム。バームが後ろ姿を見て言う。
「身内を殺された痛みはあのような拷問も乗り越えさせるのか……いたたまれないな」
サキヤはバッグから金貨をいくらか掴み取り、二人に告げる。
「近くの商店街で臨時のバザーが開いている。そこで食料が調達できる。出発しよう」
「もう夜中だぜ。大丈夫か」
ジャンの問いかけに
「元居酒屋の店があって二時まで開いている。ハンバーガーが食えるよ」
三人は夜の街に出た。街は瓦礫の山だ。戦争の爪跡から復興するのに、まだ長い年月がかかりそうだ。
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