もうひとりの復讐者

 サキヤらは海を渡り、大陸の先端にあるボートランド州の砦に到着した。砦の中では大勢の兵士たちが忙しそうに行ったり来たりしている。ジャンによれば、これからアルデオ島の瓦礫の撤去作業と、死者、行方不明者数の確認などで大忙しになるとのことだ。


(母ちゃんも早くこっちに避難してくれよ)


 サキヤは空に願った。


「サキヤ、こっちだ」


 ジャンが砦の奥へ手招きをしている。サキヤは小走りでジャンの方に向かう。


「これから聞き取りがある。見たことをありのままに話すんだぞ」


「うん」


 サキヤは狭い部屋へ入れられた。


 小さなテーブルに向かい合った椅子が二つ。サキヤは片方の椅子のそばに立つ。


 年配の軍人がにこにこしながら表れた。


「君がサキヤ・クロード君だね」


 握手を求めてきたので応じる。


「その椅子に座りたまえ」


「同席させてもらう」


 ジャンが部屋に入ってきた。心強い。聞き取り官は露骨に嫌な顔をしたが、ジャンのほうが階級は上なんだろうか、何も言わない。


 聞き取りが始まった。


「まず、怪物を最初に見た場所は」


「カジマル城の地下へつながる空気孔です。テントを出た時には腰のあたりまで出ていました。そして大声で叫んだんです。『うばうわー!』とか、なにか、そんな」


「顔は見たのかね」


「はい、右目が異様にでかく、最初は一つ目かと思いました。横に付け足しのような小さな左目がありました。鼻の穴は一つで、口が耳元まで裂けていました。人間の顔じゃないです」


「ふーむ……」


 聞き取り官は、眉を険しく寄せる。


「その怪物に父、ピアネ・クロードを殺され……怪物は地面に飛び降りました。同僚のサクベットさんが大砲を撃ちあてましたが怪物には全く通用せず、町を目指して歩き始めました。僕は階段を降り怪物の後を走っていくと、いま連れてきている女の子をその拳で殴り殺そうとしていたので、僕が救いだし路地裏に隠れました。すると怪物は町を破壊し始め、至るところから火の手が上がり始め……あとは見た通りの有り様です。僕が見て体験したのは以上です」


 サキヤは一気に吐き出した。


「うーむ」


 聞き取り官は、ペンを揺らしながら考え込んでいる。


「怪物は、城の裏から表れたと、そうだね、サキヤ君」


「はぁ?」


「だから城の裏から表れたと、君は確かにそう言ったね」


「ち、違いますよ。城の中から表れたんですよ。僕はこの目でしっかりと見たんだ!」


「それじゃあ困るんだよ、クロード君。君は歳はいくつかね」


「歳なんか関係ないでしょう!」


「だから歳は!」


 いきなり尊大にあごをあげ、大声になる聞き取り官。


「十八ですけど……」


「だろう、もう成人じゃないか。大人の事情ってものを少しは察したまえ」


「フェアじゃないぞルーラ軍曹」


 ジャンが低い声で割って入ってくれた。


「しかし、ベルト中尉……」


「大人の事情ってなんですか」


 サキヤが問う。


「ちょっと考えたら分かるだろ?この国の城から出てきた怪物が、この国の人々を殺し、町を蹂躙し、挙げ句の果てに大火で一つの町をケシ炭にした。これが世間に知れたら大変なことになる。早くいえば軍は何をしてたんだっていうことになるんだよ!」


 今度はルーラ軍曹が吐き出した。


 ジャンが結論をくだす。


「その事情も分かっている。しかし報告書には、サキヤが言った通りに書くんだ。そして極秘扱いにし早馬ですぐに大統領官邸に送り届けるんだ。分かったな」


「まあ、中尉がそう言うんならそうしときますが」


 少しむくれてルーラ軍曹は、書類になにやら書き始めた。


 そとに出たサキヤはジャンに、腹がへったと伝える。


「もうそんな時間か。彼女と一緒に食堂にいけばいい」


「っから彼女じゃないですってば!」


 サキヤが殴る真似をするので、ジャンもボクシングポーズで返し、二人で笑い合う。


 尋問が終わった。




「カルムお前逆立ちできるか?」


 友達が逆立ちを披露する。


「俺が運動神経鈍いの、知ってるだろ!」


 カルムと呼ばれた十九歳の少年は、友達の足をつかみ、右に左にゆらした。


「やっやめろ、やめろー!」


 友達はぶっ倒れてしまった。そして笑う。




 怪物は想像以上の早さで大統領府へ迫りつつあった。


 街道沿いの町を容赦なく破壊していく。そしてついに大統領府へと歩を進めた。


 友達が噂話としてカルムに言う。


「いまなんだか大きな怪物がこの町に近づいているんだってさ」


「そんなバカ話信じないよ」


「いや大人たちが真剣に話しているのを聞いたんだ。間違いないよ」


「怪物ねぇ……デカいのか」


「二十メートル はあるって話だ。とんでもない大きさだそうだ」


 そこへ東の方角からなにやら建物を破壊する音が微かに響き始める。音の震源地はカルムの家の方角だ。


「俺、帰るわ」


 カルムは商店街を走り抜ける。そこで怪物と遭遇した。


 その異様な姿と顔にカルムは度肝を抜かれ絶句する。いままさに一つの家を踏みつけている最中だったのだ。


 カルムはうちに帰ると仰天した。うちの家が瓦礫の山と化していたのである。


「姉ちゃん!ばあちゃん!」


 リビングをのぞくと天井が壊され足の踏み場もない。カルムは必死になって土塀や天井のカスやらを手でのけていく。


(どうか、買い物にでも行っててくれ!)


 そう心の中で念じながら。


 ある程度掘ったところで足が出てきた。


(嘘だろ……)


 カルムは必死に掘り進める。ばあちゃんが出てきた。もちろん息はしていない。


「ばあちゃん!ばあちゃん!」


 ぐらぐら揺らしてもどうにもならない。しかし、悲嘆に暮れている場合ではない。更に掘り進めると見慣れたオレンジ色のワンピース。


「姉ちゃーん!」


 姉が変わり果てた姿で出てきた。悲しいのに泣けない。現実感がないのだ。


「うわー!」


 カルムは床を殴りまくった。両親は既に亡くなり家族はこの二人だけだったのだ。


「復讐してやる。絶対に復讐してやるぞ!」


 カルムは裏庭に穴を二人分掘った。途中で雨が降り始めたが、そんなことはどうでもよかった。


 穴に二人の遺体を安置する。そして土をかけてゆく。気を張っていたのが緩んだのか、涙が溢れ出てきた。土をかけている間、大声で泣きわめいた。


 ポツンと一人台所でパンをかじりながら復讐の手立てを考えていた。剣などは通じないだろう。魔法だ。魔法使いになってやる。それこそ大陸一の。


 ばあちゃんや姉ちゃんのバッグから金を取り出し、旧市街地の方へ歩き出した。




 ここは大統領官邸。カルマン大統領が自室でタバコを吸っていた。横にはウイスキーのグラス。


 そう、ここオーキメント共和国では厳格なカリムド正教が国教であり、その十三戒の中には酒とタバコは死にあたいする罪として、聖書に記載されているのである。


 いまでこそ戒めを破ったものは終身刑で許されるようになったが、その昔は頻繁に死刑が執り行われていたものだ。


「大統領、早馬で届きました」


 カルマンが書類に目を通す。怪物の詳細について書かれてある。


「今さら遅いわ」


 もうすでに町は蹂躙され、ところどころから火の手が上がり明日の朝には変わり果てた全貌があらわになるのであろう。軍の半分をアルデオ島に回したのが運のつき。全軍を首都防衛に充てるべきであった。


「お気に召しましたかな?そのウイスキーは」


 闇の商人ヒームスが、新着のウイスキーを届けにきていたのだ。


「旨いぞ、このウイスキーは。次からこれを持ってきてくれ」


「ははー!」


 ヒームス、魔導師でもある。ここオーキメントと敵の隣国ドーネリアを行き来して財を成している。しかしただの闇の商人ではない、その真の狙いとは。




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