金の盾と青い牢獄

村岡真介

怪物

 ここはオーキメント共和国。大陸の最も東に位置する、カリムド正教を崇拝する原理主義国家である。


 辺境の地アルデオ島にあるカジマル城で、兵士二人が砲台で見張りをしていた。


「うぅ、寒い寒い」


 兵士の一人がテントの中に入ってきた。そこにはもう一人の兵士が、毛布にくるまって暖をとっている。


「それ見つかったら曹長にどやされるぞ」


「そうでもしなきゃ凍死しちまうよ!」


 同僚の兵士が叫ぶ。


「うぼー!」


 砲台の裏手にある地下室に通じる円形の空気孔から、なにやら叫び声のような音が小さく聞こえてくる。


「まただ。何なんだろうな、あれ」


「さあ、知らねぇ。猛獣でも飼ってるんじゃねーの?」




 口にバスケットの持ち手を咥えてトントントンと砲台へのはしごを登って来る若者がいた。はしごのてっぺんまで来るとすぐさまテントの中に入っていった。


「父ちゃん、はい晩ごはん」


「おーサキヤ、待っていたんだ」


 バスケットの中には、大量のサンドイッチが詰め込まれていた。


「ほらサキヤ、一つ食っていけ」


「いいの?じゃあこれ」


 サキヤは玉子と、ベーコンとレタスが一緒に挟まれているやつを手に取った。そして無心にかぶりつく。


「あーそれおれが一番狙っていたやつなのに!」


 三人で笑いあう。


 父はにこにこしながらサキヤの食べる様子を見ていた。




 ここは城の地下実験場。男の死体が運ばれてきた。研究員たちが左足と思われる所に死体を寝かせ、黒いローブを被った魔導師が長い呪文を詠唱すると、死体はどろりと左足に取り込まれ、一体化していく。


「いぎゃうわー!」


 苦しみの絶叫。


 その左足の持ち主は、体長二十メートルはあろうかという、全て死体からできている人型の怪物であった。あともう2体の死体で出来上がるはずだったのだ。


 しかしここにきて暴れかたがひどくなってきた。鉄のチェーンを両手、両足に巻かれ、身動きができないはずなのに、力いっぱいにまずは右手を思いきり引っ張ると、なんとチェーンをミシミシと引きちぎってしまった。


 次は左手、次は右足、最後の左足は筋力が足らなかったのか無理やり引っ張ると、足首から下がもげてしまった。


「麻酔だ!麻酔を持ってくるんだ!」


 研究員たちが右往左往するなか、自由を得た怪物は、のっそりと立ち上がり明かりが入ってくる空気孔に向かっていく。足首から先がない片足を引きずりながら。


 研究員たちが特大の注射器を持ってきた。しかし怪物が振り返って、その注射器をぶん!と払いのける。


 ガシャンと横の壁に吹っ飛ぶ注射器。麻酔は全て流れてしまった。


 空気孔に飛び移る怪物。身をずりながら上へ上へと進んでいく。出口にある鉄柵を拳で殴りつけ、体をよじり出す。


「うばうわー!!」


 晴れて自由を手に入れた嬉しさか、怪物はひときわ大きな声で咆哮する。




 驚いたのはサキヤたちであった。テントを出て怪物を見ると、頭には巨大な右目とアンバランスな小さな左目。鼻はただれ穴が一つで口は耳元まで裂けている怪物に仰天した。


「ヤバい。砲台が届かない!」


 後ろから出てきたので前を向いている砲台を回転できないのだ。


 ズシン、ズシンとこちらに近寄ってくる怪物。手を上げるとサキヤの父をぶんと横に払った。


「ぎはあ!」


 父は砲台の縁に頭をぶつけた。


「父ちゃーん!」


 サキヤが駆け寄ると父は震える手でサキヤを抱き、「母ちゃんを守っ……」


 ガクンと崩れ落ちた。


「ちきしょー!」


 振り返るころには怪物は砲台から軽々とジャンプし、着地すると町の方へ向かって歩き始めた。


 相方の兵士が大砲をぶっ飛ばすも、怪物の体に命中し爆発してもびくともしない。


 サキヤははしごを降り、怪物を追う。復讐心と父を失った悲しみとがないまぜになって泣きながら走って行く。


 怪物は、目に入る建物を見境なく潰して回る。ある家屋は踏みにじられ次は両手で壊され……


 サキヤは怪物に追い付いた。しかしサキヤにはどうしようもない。


 しばらく歩きながら追っていると、この寒空の中、チェーンで門につながれた十五歳くらいの少女に怪物が迫る! あきらかな殺意を持った憎しみのまなこで、その拳を上げた。


 拳が、少女に振り降ろされる。サキヤが走る!ギリギリのところで少女の腰を抱え、その拳からひっくり返りながら逃れると、怪物の拳は、なんと少女をつなぎ止めていたチェーンをぶち切ってしまった。


 少女の手をとりサキヤは路地裏に入る。怪物はまたズシン、ズシンと去って行く。


 破壊の限りをつくされ、町は逃げ惑う人々でパニックになっていた。


 怪物は西へ西へと向かう。空が暗くなってきた。家屋から火が出て燃え広がり、町中が火に包まれる事態となった。


 それを怪物は振り返って見ながら


「ぎゃぎゃんばー!」


 と喜びのような大きな声を上げるのだった。




「おれはサキヤ。君は?」


 大通りを覗き見ながらサキヤが少女に聞く。


「わ、私はミール……」


「なんでこの寒い中、門なんかに繋がれてたんだ」


「私は奴隷なの。あの縫製工場でお針こをしていたの。でも仕事でミスをしてしまって……」


 サキヤはニコリとしながら言う。


「じゃあ今日で奴隷もおしまいだ。君をつないでいた鎖が切れたんだから。これからうちに行こう!その手枷をノコギリで切り取ってやる」


「うん……」


 少女が初めて笑った。




 阿鼻叫喚の叫び声をあげながら逃げ惑う人々。怪物は砂浜に出ると、人々が見まもるなか、ザブンと海に入っていった。大陸を目指して。




 サキヤの後を鎖を引きずりながらついていくミール。


「ちょっとここで待ってて」


 サキヤは家の中に入っていく。


 父の死を母に告げると、母は脱兎のごとく玄関を出て、城へ向かった。泣き叫びながら。


 サキヤは倉庫からノコギリを持ち出してミールを中に入れる。薪ストーブをガンガンに燃やし、椅子を持ってくるとミールを座らせる。


「鉄でできてる手枷か。切れればいいんだが」


 ズリっと挽いてみる。キズが入る。


「うん、時間をかければなんとか切れるだろう」


 サキヤはミールに笑顔をみせる。その顔にほっとするミール。


 サキヤはガリガリノコギリを挽く。安堵とストーブのぬくもりで眠くなるミール。


「いつから奴隷になったんだ?」


「十歳のときから。お父さんが大きな借金をして……」


「ろくな親じゃねーな。あ、ごめん」


「いいのよ。わたしもそう思っているから……」


 会話はそれだけでまた黙々と手枷を切るサキヤ。


 三時間ほど寝ただろうか。見ると左手の片方は切れていた。


「今度は逆だ」


 手枷を回し、逆側を切り始める。


「寝ていたらいい」


「うん……」


 実直なサキヤに心引かれるミール。じっとその手を見つめる。


 しかし睡魔には勝てない。ずっとうとうとしていると……


「やった!」


 ミールは飛び起きる。左手の手枷が取れていた。思わず二人は抱き合って喜ぶ。


「次は右手だ!」


「うん!」


 それは朝まで続いた。




 昨日の怪物騒ぎの調査のため、軍の先見隊の一団が燃えてしまった町を見て回っていた。


「ひでーな、こりゃ」


 隊長のジャンが、相方のバームに言う。


「ほんとだな、怪物一匹でここまでやられるとは……」


 バームがうなる。


 町は見る影もないほど焼け落ち、辺りは焦げた匂いで被われていた。


 食料調達のため、町の食料品店をのぞくと、二人の少年と少女が火事から逃れたパンに食らいついていた。


「お邪魔するよ」


 ジャンがノックをしながら入ると、サキヤが場所を譲る。


 皆がそれぞれパンだの缶詰めだのを物色し始める。


「お前らはどういう関係なんだ。兄妹か」


「違います。怪物に襲われそうになったこの子を助けてあげたんです」


「怪物を見たのか」


 ジャンが問う。


「はい、カジマル城の空気孔から出て来たところから見ています!」


 バームが割り込んでくる。


「そりゃ聞き捨てならんな。怪物は城から出て来たんだな。うーむ」


 パンをあらかた食い終えたジャンがサキヤに言う。


「小僧、お前も一緒にこい!事情がよく分かっているようだ。名前は?」


「サキヤです。サキヤ・クロード。この子はミール。行き場のない子です。連れていってもいいですか」


「おー、構わんぞ。かわいい子じゃねーか。惚れたな、お主」


「そ、そんなんじゃないですよ!」


「冗談だよ、冗談。よし、俺とバームは、本部に帰って報告をする。あとの三人はカジマル城へ行って聞き込みだ。解散!」


 ジャンとバームの後を付いていくサキヤとミール。これがとてつもない旅になるとはまだ知るよしもなかった。



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