一章⑧
皇太后と話してみると、彼女と天佑はかなり仲が良いのが分かった。
しかも、天佑が暮らす楊家の様子に対して並々ならぬ関心を持っているようで、春菊に対し、屋敷の様子や使用人の様子などを根掘り葉掘り質問する。
彼女の質問に答え続けているうちに、楊家の情報を漏らしすぎたかもしれないと、心配になってくる。
そろそろ話を変えるるため、少しの間会話が途切れた隙に、皇太后がこの宮殿に春菊を呼んだ理由について聞いてみる。
「あの! 僕に画を描かせる目的があるって聞いたんですが!」
「ああ、そうであったな」
「何を描いたらいいですか? 悪いけど僕、最近山水画があまり良く描けない……です」
「花鳥画で良い。……ちなみに、そなたは科挙試験を知っているか?」
急に話が飛んだ気がしたが、とりあえず彼女の出した話題に合わせておく。
「一応知っているよ。官吏登用のために毎年実施されている、すっごく難しい試験だよね?」
「そうとも。毎年、科挙に受かった者たちは静水城に集められ、宴がもよおされる。その際に静水城内の庭園から牡丹を持って来させることになっているのだ」
「牡丹を持って来させる? 初めて聞いたかも」
「今回はそれにならおうかと思っている。お前の力で、紙の上に牡丹の花を美しく咲かせてみせよ」
「分かった! 牡丹を描けばいいんだね」
「言っておくが、私を納得させられるような牡丹でなければならぬのだぞ。駄作なぞ持ってきようものなら、今後いっさい後宮での作画は認めないと思え。よいな?」
「うぅ……。はい」
厳しい声色ではないのに圧がある。
皇太后の毅然とした態度からは、たとえ天佑が認めた画家であっても、彼女の審美眼にかなわなければ、認めはしないという意志のようなものが感じられる。
しかしながら、一国の君主の生母や妃達のために画を描くのだから、このくらいの試練はやむをえないだろう。
皇太后に画題を貰った後、春菊は雨桐に引きずられるようにして後宮を後にする。
側から見たら母親と子供、または飼い主と犬。そのような雰囲気で前後に並んで歩きながら、春菊は雨桐にくどくどと説教される。
『皇太后への礼儀がなっていない』だとか、『言葉遣いが酷過ぎる』だとか、言われても仕方がないような駄目出しばかりではあるものの、今まで全くと言って良いくらい気をつけていなかったことばかりだから、すぐに直せと言われても難しい。
春菊はなるべくしょんぼりと歩いて見せながらも、後宮の御水園に咲く牡丹を目ざとく見つける。
牡丹はふわふわな花弁が愛らしい大輪の花だ。
今まで生きてきた中で、幾度となく牡丹の花を見てきてけれど、後宮に栽培されている牡丹は格別に美しい。
淡い桃色や発色の良い紅色、そして淡黄色もあり、そのどれもが生き生きとし、枯れている部分やしなびた部分が全く無い。
自然に任せているだけでは、これだけの美しさを保てはしないだろう。
きっと庭師の厳しい管理下に置かれているんだ。
とても美しいけれど、見ているとだんだん苦しくなってきた。
一切の欠点をも許されないのだろうか……。
今から描く牡丹は皇太后に依頼されたものだ。
皇太后の話の中にあった、科挙合格者達の催しの内容を考えれば、彼女が想定する牡丹は後宮に咲く物を想定しているはず。
だから、今見た美しい牡丹を描くだけでいいのだと思われる。
だけども、少し考える。春菊がそのような画を描くまでもなく、後宮にはそんな花鳥画が腐るほどたくさん飾られているんじゃないだろうか?
春菊は雨桐によって雑に画院内に押し込まれた後、真っ直ぐに奥の小部屋へと向かう。そこで探すのは花鳥画を描くための画材だ。
顔料––––
今直ぐに描くのだから、顔料については絵具の状態になっている方がいいだろう。
それらを持って小部屋から出て、すぐに足が止まった。
やはり画院内に飾られた父の画が気になるのだ。
(雪原に
春菊は掛け軸の前で少し悩んでから、再び小部屋に入り、別の色の絵具なども作った。
必要な物を全て揃えてから自分の卓に着くと、画院内に居る画家達が春菊の周りに寄って来る。
皇太后に要求された画題が気になるのかもしれないし、春菊の技量が気になるのかもしれない。もちろん、その両方が気になっている者もいるだろう。
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