パンゲアンロード~母の背中を夢見て~

ムネヤケ

パンゲアンロード

第1話 プロフィール

 一人、空を眺めていた。

 黒いフードを身にまとい、その空けた瞳は、蒼天に浮かぶ飛行艇を捉えていた。

 その飛行艇は、海に浮かぶ船と同じように、空に浮かんでいた。

 飛行艇が載せるのは、人、荷物、金、情報、手紙、伝染病、文化。

 様々なものを載せて旅立ってゆく、次の街へ。



 彼は地上に目をやると、飛行艇の発着が見える。

 それにしても数が多い。

 空もそうだが、陸にも飛行艇が溢れていた。

 砂漠のど真ん中にもかかわらず、人で賑わい、市場に並ぶ野菜の色は、色彩豊かだ。

 これもすべて、ある空路のおかげ



「パンゲアンロード」



 一人、ぼそっと呟いた。

 誰がこの空路のことを名付けたかは分からない。


 500年前、帆を使い、精霊の加護によって飛行艇を操っていた時に、”風の導きによって創られた道”と称されたと、文献に残っている。

 また、2000年前、まだ人が空に進出していないとき、陸路によって物を運んでいた時に、”縦の道”と呼ばれていた。


 このことからも、少なくとも昔の人はこの空路について認識はしていたのだろう。

 だが、”パンゲアンロード”と呼称されたのはつい最近のことだろう。

 未知への探査、科学の閃き、考古学の発見によって、世界の全貌が明らかになっていくと、一つの大陸が見えてきた。



 パンゲア大陸



 この星、唯一の大陸。

 縦に長く、北極から南極までを、地で覆っていた。


 これはある意味で再発見だった。

 今まで暮らしていた場所は、実は地平線まで一つの大陸で支配されたことが分かったのだ。

 この情報は、パンゲア大陸に住む人に、衝撃を与えた。



 人は、暮らすためには、物資が必要だ。

 食料に、鉄に、木に、金に。


 これらは地域によってバラつきがある。

 地域によるバラつきが起こす問題が二つある。

 地域によって余るものがある、それを作った人は売れなくて、無駄をしているだろう。

 だが、他方、別の地域では、その物資が必要で、今にも望んでいる人がいる。


 これら二つの問題を解消するのが、交易だ。



 交易は古代より行われていた。

 そして、大陸の全貌が分かった今、既存の交易路を結び合わせ、一つの巨大な交易路を作り出した。


 それが、パンゲアンロード


 いつしか、商人の間で、そう呼ばれるようになった。

 経度線に沿って、南北に延びるこの交易路は、今では当たり前のものになりつつある。

 しかし、ひと昔までは、それほど一般的ではなかった。


 それは、緯度が異なると、その分だけ気候が異なるということ。

 気候の中には極端な気候帯がある。砂漠や雪原、ジャングルなどの厳しい環境が、陸路での交易を阻害した。故に、空路でしか、このパンゲアンロードを越えることができなかったのである。



 パンゲアンロードの黎明期。

 それは、動力源が、布の翼から、蒸気の鼓動に変わろうとしていた時代。そんな時代にこの交易路は開拓されたのだ。産業革命による、爆発的な生産力向上、急激な都市化による、需要の増大。

 それが、パンゲアンロードの開拓の後押しとなった。



 人々は憧れた。

 石炭の普及によって、雲は煤け、憂鬱気な空が広がる街で、蒼天の空を飛び回る飛行艇を。

 狭いアパートに押し込められ、閉塞的な都市で、未知の広い世界を堪能できる冒険家を。

 資本家と労働者の階級が固定化された中で、遥か東の地で、この商機をものにし、大金を手に入れた商人を。



 遥か彼方を望んだ彼らは、【空の冒険者】ソラピタリノと呼ばれた。

 飛行艇を操り、商売を営みながらも、冒険心を胸に秘めた彼らは、叙事詩に謡われる人々となった。




(あなたは間違ってなんかないわ)



 一人、フードを脱ぎ去った。

 現れたのは、初老の金髪の女性。

 しわが少し出始めたにもかかわらず、すっきりとした鼻筋に、整った顔のパーツは、初老にもかかわらず美しさを感じさせる。そして、世にも珍しい、琥珀色の瞳が、ずっと砂漠、北の方角を見つめていた。


 北を見たところで、広がっているのは、何もない不毛な砂漠の大地。だが、彼女にとっては大切なものがその方角にあるから、彼女はずっと眺めていた。

 まるで何かを祈るように、何かを見透かすかのように



 願うならば行きたい。

 だけど、残したものがあるから

 だから、



(おゆき、どこまでも)



 初老は風に願いをのせて



(ずっと【飽くなき大地に】)



 そんな風を見送った。



(【風の加護があらんことを】)









 女性は砂漠の丘の上で、祈った。

 乾いた空には、飛行艇であふれている。

 飛行艇の後部マズルから、虹色の、飛行艇独特の飛行機雲を出して、空を飛んでいた。


 時代は変わった。

 蒸気の鼓動から、もう20年は経っていた。それでも、空は変わることがない。

 情景も、憧憬も変わることはなく、変わるの時代と人だけ。


 だが、時代は移り変わっても、時代があったという歴史は変わることがない。時代は人々の心の奥に刻まれる。




 この物語は、蒸気の鼓動が行き交う時代、その時代に生きた少女の物語

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