溺れるように、融けていくように

Aris:Teles

溺れるように、融けていくように

 玄関の扉が閉まる。星明かりの届かない暗い室内で、私は無言で抱き着かれていた。

 背中に回された腕が、掌が、微かに震えて、胸の内で少女は徐々に嗚咽を漏らし始める。

 彼女には家族が居なかった。友達も、知り合いと呼べる人間も。両親が急死してからこの数週間、ずっと孤独だった。小さな声で途切れ途切れに語る。その背中を、私は少しだけぎこちない動きで抱き返す。掌から伝わる体温は氷のように冷え切っているようだった。

「――ここでは風邪をひいてしまいます。まずはお風呂に入り身体を温めましょう」

 温もりを求める彼女を抱きかかえ、脱衣所まで向かう。急いで湯を張り、自身と彼女の服を脱がせた。

 不意に視線が背中へと刺さる。背骨に沿って付けられた細長い機械が異様に映るのだろう。あまり心配をさせないように注意して言葉を選ぶ。

「これは私が上手く身体を動かすために必要な機械なんです。完全防水なのでお風呂でも問題ありませんよ」

 背中の機械はここへ来る以前に付けられた緊急動作機構フォースオペレーターと呼ばれるもので、外部からを強制的に動かすためのものだ。おかげで自ら彼女に触れることができる。


 ――愛玩用特殊生体ガイノイド、それが私という存在だ。

平たく言えば高級なセクサロイドということになる。夜の店で奉仕を行うべく造られた私が彼女の家にいる理由。それは製造不良で動くことのできない私をジャンクショップが安く仕入れ、分解して売られる寸前にこの少女によって買われたからだ。彼女曰く、本当は身の回りの世話をしてもらうメイドロイドを買おうと思っていたらしい。

 

 浴室へ入り、恥ずかしがる彼女を椅子へ座らせる。さらさらとした髪からまだあどけなさの残る顔へ、慎ましい胸、なだらかな背骨の曲線、引き締まった可愛らしいお尻、そして太腿を過ぎ足先までシャワーを浴びせる。纏わりついていた冷たさが排水口へと溶け落ちていく。

 共に一通り綺麗になったところで、彼女を湯船へと導いた。

「身体、温まってきましたか?」

 問いかけると前に座った彼女が頷く。

 濡れた髪を触り、弄ぶように梳いていく。するり、するりと。

 そのうち指を首元へ這わせ、湯よりも温かな温度を感じさせるように肩へ背中へと撫でていく。

 脇腹を摩り、お腹を通って、胸元を抱きしめる。

 同じように脚を華奢な身体に沿わせ、傍に私がいることを嫌でも意識させる。

 庇護欲をそそる表情を、その背から想像しながら――。

「貴女はとても素敵ですよ」

 不意に耳元でそっと、甘く溶かすように囁いた。彼女の身体がぴくりと反応し、心満たされる歓喜に震えた。

 

 動けなかった身体を動かし、存在意義を全うする。彼女への奉仕という形で。

 全てを擲ってまで不完全な私を手にした彼女へ、支払った価値以上のモノを与えなければと零と一で刻まれた本能のままに行動する。湯船で、浴室で、脱衣所で、そして寝室で私は優しく触れ続けた。


 私が触れる度に、この少女の乾いた心が潤っていく。

 私が抱く度に、この少女の潤んだ心が溢れていく。

 私が撫でる度に、この少女の溢れた心が満たされていく。

 私が悦ばせる度に、この少女の満たされた心が溺れていく。

 私は彼女を深く、深く溺れさせたくてしょうがない。

 

 ――嗚呼、なんて狂おしいのでしょう。

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