4-22 エピローグ
「えぇっ!? なんでっ?」
ベッドに転がされたままのリパゼルカが、衝撃の事実に声を上げた。
「こんなになってまで<黎明>を勝ったのに昇格できないの!?」
「それが
ベッドサイドでお見舞いのフルーツを剥いているテティスが困ったように言った。
記憶が確かならば、リパゼルカに熟読させた書類にも記載があったはずだが。
「なんて酷い……」
「ちなみに、賞金もチームで山分けですよ」
「それは……仕方ないかもしれないけど!」
リパゼルカは眼をぐるりと見渡して、大部屋に収容されたダイナー・チームの惨憺たる有様を見た。
ベッドにこんもりとした物体がタオルケットを被っている姿がいくつもあるが、いずれもうめき声をこぼすだけの存在となっている。回復魔法の副作用である。
回復魔法の治療を受けられるだけマシだという話もある。
今回のレースでは亡くなった人も少なくはない。リパゼルカが名前を知る人も、何人か。
かくいうリパゼルカもギリギリのところで回復魔法を受けた。
なんとか死の淵より生き返ってきたので、うめき声をあげるだけの存在になるはずだったが、今回はダメージがすごすぎたのか首から下の感覚が全然戻ってこない。
最終的にはきちんと治る、と聞いてはいるが、不思議な感覚だ。ちょっとした気持ち悪さはあるものの、人と話すくらいなら気が紛れて良い。
多少の治療費は出るとも聞いているが、この様子では自前で用意しなければならない者もいるだろう。賞金山分けは致し方ない。
「そもそも、一人じゃ勝てなかったですし……最後の美味しいところだけもらったっていうか」
「最後に残ったのがリパゼルカさんじゃなかったら勝てなかったとは思いますけどね。はい、リパゼルカさん、おくちをあーん」
子ども扱いしないでほしいが、顔以外はまともに動かぬ身である。
リパゼルカはテティスの言葉を諦め、大人しく口を開いた。すかさず小切りにされたフルーツが放り込まれる。シャクシャクとして甘酸っぱい。
そんなリパゼルカに、久しぶりの声が届いた。
「あらぁ、わたくしより優雅な生活をしてるわねえ、うさぎさんは」
「ララキア様」
慌てて席を立とうとするテティスを、ララキアは右手で制した。
袖のない黒い服を纏うララキアの左肩はさっぱりとしている。焦げた断面を綺麗に斬り直したというから、やっぱりララキアはちょっと頭がおかしい。
治療院に収容されたリパゼルカたちとは違い、ララキアは片腕を失う大怪我をしながらも表彰式に出て、返す翼で王都に報告という体の殴り込みをかけ、と忙しい日々を過ごしていると聞いていた。
庶民と違って、やらねばならぬことがたくさんある。
そう、例えば集団葬を取り仕切ったり。
亡くなった人を広場で燃して、星へと還すのだ。
きちんと燃やし尽くすための火力を提供するのが、きっちり魔法を学んだ貴族の役目でもある。
高く、遠くまで。
その魂を乗せた煙の道が、遙かなる天の彼方へと届くように。
責務を終えてきたララキアからは、そこはかとなく目が潤む煙の匂いがした。
大部屋の奥まで進み、視線を集める。ララキアは振り返り、一人ひとりと目を合わせてから、話し始めた。
「みなさん、今回の星駆けは本当にご苦労でした。おかげで今後しばらくダイナー領はレネルチアからの侵攻を受けることはなくなるでしょう」
ダイナー側の被害も酷いが、最終的にはレネルチアにおいても同様の被害を出したと聞いている。
領民の反乱を抑える武力となる魔法使いを相当数動員して欠損した。レネルチア領は大変なことになるのではないだろうか。
「本日、勝手で申し訳ないけれど、亡くなった空駆者とダイナクルス住民の合同葬儀を行いました。みなさんにも祈ってもらいたいのだけれど、良いかしら」
ララキアの言葉に、静かに響いていたうめき声が鳴りを潜めた。
「ありがとう。――星々に」
『星々に』
手の届かぬ存在となった者たちに、声なき祈りを捧ぐ。
いずれ、また会おうと。
リパゼルカが祈りを終えて、テティスが視線をくゆらせて……。
気がそぞろになってきた頃、ようやくララキアは閉じていた目蓋を開いた。
「黙祷を終えます。付き合ってくれて、ありがとう」
ララキアの湿り気を帯びた声に、おちゃらけた台詞を返す者はいなかった。
「遺物等は組合の預かりになっているから、元気になったらそちらを尋ねるように。それと今回の星駆けで、今後の仕事に困るようであれば領主館に来なさい」
メンバーを欠いたチームも少なくない。
まともに星駆けに出るのも時間がかかるだろう。
事後の通達のようなものをして、ララキアは視線を切った。
話は終わりということか。
ララキアはそのまま部屋を出て行こうとしたが、リパゼルカのベッドの前で立ち止まった。
少しだけ考えるように、胸を上下させ、
「時間をもらえるかしら」
そうリパゼルカを人のいないところへと誘った。
◆ ◆ ◆
治療院の屋上に出る。
回収を忘れられた白いシーツが夕日を受けてはためいている。
未だに動けないリパゼルカを背負ってくれたテティスが席を外すのを確認してから、ララキアはおもむろに頭を下げた。
「……ララキア様、どうしちゃったんですか?」
「どうしちゃった、は酷い言い方じゃない? わたくしの感謝の気持ちよお。勝ってくれてありがとう、とね」
下げた頭を戻すと、すでにララキアはいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。
「貴族が頭を下げるなんて滅多にないのだから、ありがたく受け取りなさいな」
「ララキア様にそういうことをされると怖いですね」
「言ってくれるじゃない」
椅子に座ってはいるけれどもリパゼルカは動けない。それを良いことに、ララキアが顔をむにむにとこねてくる。まあ、頭を下げられるよりはよほど良い。
「ぷは。それにララキア様やミレイズたち、他の人たちのおかげで最後の勝負が出来ただけですから。全体で考えると、礼を言われるほどの活躍はしてないっていうか」
「あのねえ……。竜人族を相手にしたら、わたくしもミレイズだって赤ん坊みたいなものよお。それを、あなたは見事に出し抜いてゴールしたのだから、誇っていいのよ」
細い指先から逃れて言うと、ララキアは鼻先をつつきながら応えた。
「立派な二つ名も付いたことだし……いい加減、あなたもチームについて考えなければね?」
「改めて言われるとむずがゆいですね」
「いいじゃない。今後は“星線”と二つ名で呼ばれることが増えるから慣れておきなさい」
星の線、だなんて立派すぎる呼び名にそわそわしてしまう。二度と同じ線を描ける気はしないが大丈夫だろうか。
チームについても考えなければならないのは、やはり今回痛感した。
新装備があればまだ一人でもなんとかなるかと思ったが、
人数は力なのだ。
そういえば……、とリパゼルカはララキアに尋ねた。
「ララキア様はチームをどうするんですか?」
「そんなこと、決まってるじゃない。解散よお、解散」
ララキアの率いるチーム『ダイナー・プリンセス・スターレーサーズ』は、参加者の全員が重傷を負っていた。内二人を除き、亡くなってしまっては……そうなっても仕方がなかった。
「わたくしもこうなっては引退せざるを得ないから。カエル頭のせいで酷い目に遭ったわあ」
「引退してしまうんですね……」
「まだ飛べるは飛べるけれど、腕を一本失くすと、さすがにお父様がうるさくてねえ。……チームも改めて作り直す気分にはならないから」
だらりと垂れているリパゼルカの右手を拾うと、ララキアは指を一本一本開いては丁寧に絡めていく。
少し不格好な握手。
「だから、わたくしの無念はあなたに託す。今まで以上に支援するから、今後も活躍を届けてくれることを期待しているわ」
「……無念って?」
フッ、と小さく笑いを漏らし、ララキアは手を握ったままで西の空を指差した。夕日が沈んでいく。
「<黄昏>へと至るのは、あなたに任せた。出来ないとは言わないわよねえ、リパゼルカ?」
リパゼルカは一つ、瞬きをして応える。
「それは、もちろん。わたしは<黄昏>に向かい、そして勝利しなければならないので」
「よろしい。では、あなたの勝利報告を楽しみに生きていくことにするわあ。次の星駆けもきちんと勝つように」
「次も勝てるとは――」
限らない、と答えかけたところで、リパゼルカの全身が異常を感知した。
「どうしたのお?」
「………………ぅっ」
呼吸をしただけで、上半身がビキビキと割れるように痛い。
脂汗で肌をコーティングし、突然浮かんだ涙がさーっと川を作る。
回復魔法が効いて、ようやく身体の感覚が戻ってきたようだとリパゼルカは理解する。こんなに辛いなら治るまで戻ってこなくてよかったのに。
数え切れないほど回復魔法を受けてきたララキアも、リパゼルカの様子に「なるほど」と頷くと指を解いた。
「ううぅぅぅーっ!!!」
肩を揺らしただけで悶絶しているリパゼルカ。
その姿を見て、再起にはしばらく掛かりそうだとララキアも肩を竦めた。
スターライナー・リパゼルカ 近衛彼方 @kanata0101
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