4-19
ヴァディーグがいきなり自称【
必要が無いと思っているのか、はたまた痛めつけたいと思っているのか。
リパゼルカが瞬いた刹那、視界からヴァディーグの姿が消える。
とっさに飛翔を解除、自由落下。そのすぐ頭上を風ごと拳が薙ぎ払う。
「どうするんですか、リパゼルカさん! 完全無欠に逆鱗を撫でてしまって! 竜人族を倒す必殺技をお持ちなんですか!?」
追ってきた妖精に教えてやる。
「付き合う必要、ある? ゴールに到着すれば勝ちなのに」
この世に生きとし生ける種族において、おおよそ禁じられた行為や禁句といった物が存在する。
それをやったからといって、即座に天罰が落ちて死ぬわけではない。
ただし、該当の種族に該当の禁止事項を行った場合、その相手から死んでいた方がマシだったと思われる扱いを受けることが多々ある。
世界最強の種族、竜の血を引くとされ、非常に高いプライドをお持ちの竜人族において。
古来、その容姿が似通っていることから蜥蜴族と間違われることがあった。竜の血を引く我らと一緒にするな、と間違えた者は生きたまま引き裂かれ谷に捨てられたという。
この逸話は竜人族の逆鱗に最も容易く触れる逸話として、世界的に知られている。
「わざわざ逆鱗に触れる必要あります!?」
「怒り狂うと攻撃が雑になる」
「力任せになるから当たったら粉々になりますよ!」
「当たらなければ良いってコト!」
地表寸前で浮力を回復、荒れた大地を蹴り、うさぎのように方向を転換。
直後、スッ飛んできたヴァディーグが地面に突き刺さった。爆破された時のように土埃が舞い上がる。
リパゼルカは地を駆け、速度を得るとすぐさま空へと蹴り上がる。
土埃を裂いて、赤い光線が右から左へと地表をなぞった。
自称【
着弾地点から連続して爆風が巻き起こる。破滅的な威力の暴風になぶられながら、リパゼルカは攻撃範囲から逃れた。
「ヒィィィ……ッ! 今度こそ死んじゃう、死んじゃうぅぅぅっ!!!」
「別に付いてこなくていいけど」
竜巻に巻き込まれたみたいにあちこち吹っ飛ばされている妖精の叫び。
親切心からリパゼルカは言ったが、
「馬鹿言わないでくださいよ……! 我が身可愛さにベストショットを逃すのは妖精族の恥……ッ! っヒィッ!」
背後から無作為に放たれる炎熱弾に怯えながらも新人妖精は撮影を続ける心意気を申し上げた。妖精族も少しズレている。
炎熱系の魔法は扱いやすさから広く使用されており、ゆえにその対策も重要視されている。だが竜人族は魔法の扱いにも高い適正がある。その差は人族と比べるだけ時間の無駄だ。つまり絶望的なほどの差がある。
人族の講じた、人族の扱える対策は意味がない。
では、どうするか。
答えは先ほどと同じである。
「リパゼルカさん、肌とか焼けてますけど炎熱対策は!?」
「直撃しなければそれは
全て避ければ良い。当たらないのであれば、対策など思考や魔法力を無駄にするだけ。
絶えず上下左右へと軸をズラし、滑るように動いていたかと思えば回転機動を加える。
ランダムな機動で的を絞らせない。
「よく避ける!」
「竜ならともかく、トカゲの魔法はさすがに避けられる!」
「まだ言うかッ!」
アッという間に追いついたヴァディーグの拳が、鉛色のドレスを裂く。ひらひらがたくさん付いているおかげで目測を誤った。
リパゼルカが離れようとも、ピッタリと剥がれないヴァディーグ。
「ストーカーは嫌われるよ」
「死にゆく者に言われたところで」
目にも留まらぬ早さの拳がリパゼルカを襲う。
リパゼルカは一つ一つを丁寧に避け、避けきれない攻撃は両掌に構えた鉛色の魔法障壁で受け流す。
「おれの拳を受けるとは、人族にしては良い障壁だ」
「さすがに
三重障壁のサイズをギリギリまで圧縮することで、リパゼルカは【
直撃こそしなかったが、余波による甚大なダメージで長いこと起き上がれなかったので改良の余地はある。リパゼルカが起き上がると信じて、ずっとその場を守っていたテティスには感謝だ。
今はその応用でなんとかヴァディーグの攻勢を凌いでいる。
身体強化は解除出来ない。もう一段上げて二重強化したいぐらいだ。
しかし、ヴァディーグの攻撃は二重障壁でなんとか防いでいる。魔法障壁の強度を下げたら、そのまま割られる。
――どちらにせよジリ貧か。
攻撃を受け流しながら隙を窺っているが、防戦一方の今、隙など生まれっこない。
身体スペックで遥かに劣っているリパゼルカが博打を張るしかなかった。
一歩深く踏み込んで、大きな動作で受け、ヴァディーグの拳を弾く。ヴァディーグは動揺もせず、一度も使っていなかった足で下段回し蹴り。リパゼルカは自身の足を上半身に引きつけて避け、
「ガ……はッ!?」
避けたはずの蹴撃がリパゼルカの胴を直撃した。空中を横転する。
体内でひしゃげる音がする。
こみ上げる胃を呑み込んで、姿勢制御を取り戻す。
追撃もせずに佇むヴァディーグの姿を見て、何が起きたのかをリパゼルカは理解した。
「尻尾か……。そりゃトカゲなら、持ってるよね」
ローブに隠れた背面、尻の上あたりから伸びた筋肉質な緑の尻尾が二発目の蹴撃の正体だ。
口の中に溢れる体液を集めて吐き捨てる。
骨とか内蔵がまとめてイカれた感覚だけがある。一発で死ななかっただけマシな方だろうか。
自身の状態を確認しつつ、リパゼルカは眉を潜めた。
さきほどまでなら簡単な挑発にも最速で乗ってきたヴァディーグが、こちらをじっと見つめている。
「……おれの【
ヴァディーグは手を口元に寄せ、思考を溢し始めた。
「この血の匂い……。故郷の伝承。……もしや、本当の【
「あなたのはまがい物、ようやく理解した?」
「…………くっく、クククッ……ハッハッハッハハハ!」
突然、両手で顔を抑え、ヴァディーグは腑の底から響く笑い声を上げた。
「まさか伝承の一族が生き残っていて、こんなところで逢えるとは思ってもみなかったッ! 半神の末裔よ、おまえは我らが祖先、世界より消え去りつつある竜の方々に拝謁したことがあるのだな!?」
「立派な言葉を使わないで。怒りそうだから」
「おれは運が良い……。気が変わったぞ。なぶり殺しにしてくれようかと思っていたが、おまえは生かしておくことにする」
瞬間、背筋にゾッと怖気が奔り、リパゼルカは
そしてヴァディーグは、リパゼルカの全力を上回る早さで正面に立ち、掌を突き出した。鈎のように曲げた指が鉛色のドレスを貫いて、リパゼルカの左胸へと吸い込まれる。
「おまえの魂を破壊して、肉体を生贄として残しておく――竜の方々に拝謁するにはこの上ない貢物だろう」
腕の突き刺さったリパゼルカの胸から血液は流れない。肉の表面が波を打つ。
肉体的な被害はないことを自覚していたが、しかし、この上ない危機感が焦りを奔らせていることをリパゼルカは感じていた。
生き物として、触れられてはならないところを触られている。
「やめ……」
「時が来るまで生かしておくのだから喜べ。ふん、人族のくせに、魂に立派な防御を施しているではないか。おれが手間取るものではないが」
「……だめ……っ」
それに、触れてはならない。
リパゼルカは理解していた。
ヴァディーグが防御だと思っているものは、リパゼルカが施した封印だ。
リパゼルカが封印したものにヴァディーグはデリカシーもなくベタベタと触れている。
堅く、堅く。それこそ、いずれ来る時まで残しておけるように、開けてはならない匣に封印したのだ。
人族が施した封印など、どれほど堅くとも、竜人族の前には木の葉も同然。
その時、竜人族の圧力を受け続けた封印の匣に、ヒビが入る音がした。
封印していたものが溢れ出す――
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