4-17

「決戦の場所はここや」


 広げた地図のゴールにほどよく近い地点をミレイズは指差した。


 ――レネルチア平原。

 開けた地の広がる平野だ。


 地表からの儀式魔法騙し討ち、なんてのは難しいだろう。平原の周囲にちらほらとある森が気になるけれども、現時点で考え得る限りでは最もマシな戦場であった。


 ふわふわと浮いた頭でララキアはぼうっと思った。


 睡眠を取ったことで肉体が無理を押したことに不満を発していた。不調も不調ではあるが、動くことはなんとか可能だ。


 頭脳労働は正直厳しい。

 代わりにそう判断出来る程度には、落ち着きを得た。


 勝負の行方を決める、最後の会議場は勝ちの目を諦めていないミレイズに任せてしまう。

 彼女に一任している様子を見て、ダイナー・チームも意思を一つに固めていく。


 リーダーが……、エースがそれを受け入れるのなら、ミレイズの作戦に乗る。エースの決定が、チームの決定だ。


「作戦は考え得る限りシンプルに行こうや。この決戦で最低でも一点、奪い次第ゴールに向かう」

「誰が?」


 その疑問を挙げたのは『巡る風』。


「すまんが、メンバーが残っている、という理由でその役目を振られたとしても厳しいぞ。休息が足りていないのはさておいても、件の魔法使いに勝てるとは思えん」


 サギッタを凌ぐ魔法使いの情報はすでに共有しており、他のチームもまたその意見に恥ずかしげもなく頷いた。

 <暁天>をメインに戦う者と<黎明>でも活躍する実力者の間には、それほどの力量差がある。


 全員の認識として、<黎明>等級のサギッタに準ずるのはダイナーを引っ張る立場のララキアであり、そしてソロで結果を残し続ける“夕焼けの”ミレイズであった。

 それはレネルチアも把握しており、この三人のいずれかがゴールすることはまず間違いがない。


 逆に三人を囮に別の誰かを飛ばす作戦もあるが……その誰かを全うできる候補がいない。


 ミレイズは『巡る風』の質問に答える。


「ウチと姫さん、ギッタの誰かが魔宝石を持つ。諜報対策に誰が持つかは言わんけどな」


 適当な布袋を三枚用意して、中身も適当に膨らませる。


「三人全員が本命で、三人全員が囮になる。狙いを散らして、その間に敵から魔宝石を奪うんや」

「順調に進んで奪えたら、その魔宝石は誰に集めるんだ?」

「三人の内の近い誰かに渡してくれればええ。そこから本命に受け渡す」

「理解した。……が、大丈夫なのか?」


 それが誰に対する不安なのかは明らかであった。

 ほつれた髪の毛をいじっていたララキアはゆらりと立ち上がり、


「こんなフラフラのわたくしに託すなんて、いくらあの頭に黒パン詰め込んだバズマであろうと疑わしく思うでしょうね」

「まーだエースはやれる、っちゅうことやな。ヘロヘロ具合で見逃してくれんなら美味しいトコやけど」

「ゴールに向かっても構わないけれど、わたくし、今は射的をやりたい気分よお」


 ふふふ、と微笑んでみせる。ララキアの頬に汗が流れた。


 話すべきは話した。


 ミレイズが窓の外を見ると、陽射しが地平線を裂いて、太陽が一日を新しく始めるところだった。


「――黎明や。行くで」

「「「おおッッッ!!!」」」



   ◆ ◆ ◆



 妖精には朝も夜もない。

 眠っても良いのは昨日と同じ朝が来た時だけだ。


 【ダイナー・レネルチア横断スターレース】を追う九の妖精は、それぞれの役目をこなしていた。

 雨が降ろうと、雷が落ちようが、たとえ集団魔法戦闘が発生しても常に良いアングルを探す。


 夜明けと同時に飛び立った二つの集団はお互いの様子を伺うようにじりじりと進み、ゴールの前に広がるレネルチア平原において、その雌雄を決すべく正面から衝突した。


 四人一組でバズマを護るように球形の防御陣形を張るレネルチア・チームに対し、人数負けしているダイナー・チームはバラバラに、しかし間断なく襲いかかる。


『防御が堅い〜! レネルチアの球形陣を破るには手が足りないか!?』

『連携が足りん……レネルチアの陣に対して、二人や三人の連携行動ではすぐに隙が埋められてしまう』


 そんなことはダイナー側も分かっているだろうが、妖精はそれをあえて口にする。

 妖精たちが声を届ける相手はダイナーの選手ではなく、幻影魔法でこのレースを観戦している一般人だからだ。


『しかし、ダイナー・チームもこうなることは察していたはず。あえて、正面から決闘を挑んだ理由がある』

『レネルチアを出し抜く秘策があるってことですね〜! その中心となりそうな……ララキア選手は少し辛そうですが〜……』


 ララキアだけは高速機動をせず、“銀弾”を遠くから撃つ固定砲台となっていた。にも関わらず、すでに肩で息をしている。

 超近距離から捉えた妖精の映像では、青白い顔に幾筋もの汗が滴り落ちる様子をはっきりと映す。頭装備が無いデメリット。


 絶不調のララキア、その代わりとでも言わんばかりに最も陣形の近くを飛び回るのがサギッタだ。


 遠距離からとはいえ、ララキアの“銀弾”は異名を取るだけの性能がある。レネルチアの練度が高い四人組、彼らを中心に“銀弾”を防ぐ魔法障壁を展開していることは容易に読み取れた。

 そこを崩せば“銀弾”が通る。

 そして、そこを崩すには周囲の練度が落ちる四人組から落としていく必要があった。


 おそらくは外装もすでに特殊形態エクステンションへと移行している。外装の能力を用いて魔法強化していなければ、あれほど頑強な障壁を維持できるはずがない。

 練度の高い者から落とすのは難易度が高い。


 サギッタは攻撃魔法が得意とは言わないが、当然、習熟はしている。

 他のダイナー・チームの通常使用する攻撃魔法がパンチだとしたら、サギッタは飛び蹴り、ララキアは破城槌ほどの威力差があった。レネルチアの注意が二人に寄っていく。


 その瞬間、意識の外、紅炎がレネルチア・チームの上方から降り注ぎ、一気に二人を落とす。


『おおっ、ミレイズッ! 味方のフォローに回り、姿を消していた“夕焼けの”ミレイズが隙を突いた!』


 大火力を遠方から放つララキアが後衛、人数の不足を補うべくあからさまに注意を引くサギッタが前衛ならば、その中間で味方に指示を出し憂いを消すミレイズは中衛。


 実際のところ、ダイナー・チームの要となる動きをしていた。


 ララキアとサギッタに攻撃が集中しそうになれば、他の面子を吶喊させ、あるいは自ら目眩ましも兼ねて攻撃魔法を放つ。

 単体での決闘となればミレイズは単なる<暁天>プレイヤーだが、こと対多数においては最もコストパフォーマンスの高い空駆者だった。


『ミレイズ選手の紅炎は不定形なので、四人で強化した面の障壁を使うレネルチア・チームにとっては相性が悪いのですね~。きちんと障壁の隙間を狙っているのもポイントが高いです~!』


 球形陣の内側に潜り込むスタッフ妖精はきっちり自前の防御魔法で受け流す。下手に障壁等で防ぐと、意図せず相手の利になる可能性があるので。

 妖精族は魔法力と親和性が高く、こういった面でも突撃リポーターに向いていた。


 即席妖精チームにおけるリーダーとサブリーダーの役目は全体把握だ。飛び交う流れ弾を避け、遠方からの俯瞰、最も熱い場所を察知する。


 実況と解説を行いながら、リーダーが保持する全景映像にサブリーダーがスタッフから送られてくる個々の戦闘映像を吟味し重ねる。ダイナーの主要選手を追う妖精が三名、レネルチア側には四名。それぞれの側の視点から映像を送る体制になっている。


 ダイナー側に一名欠けているのは、新人が初手で被弾してしまい、すぐには回復しないと見て置いてきたからだ。妖精は魔法力さえあれば自然に怪我等回復するので、動けるようになり次第復帰しろと指示していたが、戻る気配はなかった。


 ――新人に<黎明>は荷が重かったのかもしれないですね。


 リーダーが新人の安否を気に掛けたところで、その原因となった稲光が戦場に迸る。


『再びの【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】ッ! やはりレネルチア・チームは森に隠し玉を置いていた〜!』


 レネルチア平原を地上から放たれた雷槍が引裂く。

 すぐさまダイナー・チームは全員が分散してパッと避けてみせる。二度は喰らわない。


『さすがにダイナー・チームもこれは見越していましたか〜!? しかし雷槍が反転して返ってくるぞ、二の槍が狙うのは……!』

『サギッタじゃ! ダイナーで唯一の<黎明>選手、やつを落とせば後は無いと見たか!?』


 中量級の節々に丸みを強調した外装を雷槍が追う。

 サギッタはそれを把握すると、飛翔の仕方を変えた。


『速い! 突然、速度が猛烈に上がった!』

『狙いたくなる、目障りな如何にも囮らしい飛び方を止めたみたいですね~! 雷槍を引き連れて……球形陣に突っ込むつもりですか~!?』


 二度、三度と襲い来る【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】を辛くも避け、そしてサギッタは次なる進行方向に、球形に集まった人の塊方面を選んだ。斜め下側から四度サギッタを撃ち落とさんと迫りくる雷槍を背負って。


『さすがのレネルチア・チームもこれは陣を解体して移動――出来ない! ここぞとばかりに“銀弾”が雨霰と撃ち込まれます~っ! 綺麗だけれど、あれはアメ玉じゃないですよ~!!』

『ここが正念場だと判断したか!? “銀弾”に合わせて、集中砲火だッ!』


 ダイナー・チームの総力を注いだ攻撃魔法が嵐の如く吹き荒れる。全ての魔法力を使い切らんとする火力で、レネルチア・チームに離脱を許さない。


 サギッタが球形陣に突撃する直前、魔法の嵐が彼を避け――結果的に薄くなった弾幕を破り、球形陣から外装に一つが上方に飛び上がる。


『ここでサギッタに当てぬよう魔法を緩めたのが仇になったか!? バズマが包囲を抜けたぞ!』

『いえ――どうやら……、目論見通りみたいですね~』


 集中砲火に参加せず、さらなる上空に待機していたミレイズが、脱出してきたバズマに向かって何かを口走った。


 映った口の形からすると――


「――いらっしゃい」


 落下の勢いを十二分に活かした回転蹴りを、バズマの延髄に叩き込む。

 続いてミレイズはその場で縦に回転するゴミ袋の首をキュッと片手で取り、紅炎を放った。舐めるように伝う紅炎は外装の内部にまで達し、髪から服から、バズマの全身を炎で包んだ。


 全身を燃やされながら、バズマが反撃の魔法弾をやたらめったらバラ撒く。


『意外にも根性があるぞバズマ選手~!』

『ダメージというよりは、装備を燃やす意味合いの方が強そうじゃ』


 延髄蹴りのダメージはあるだろうが、ミレイズの紅炎はバズマ本人には明確なダメージを与えていない。

 炎熱系統の攻撃魔法はポピュラーなだけあって、対策もしっかり揃っている。いくら零距離だとしても、拡散する魔法では受ける覚悟を決めた敵ならば致命打にはならない。


 ただし、それはバズマ自身へのダメージについては、だ。


『これでダイナー・チームは、八点目……ッ!』


 ミレイズの紅炎は燃える物を全て燃す。そう、例えば魔宝石を入れておけるような袋なども。


 拾得物に執着心が強いバズマであれば、必ず一つは持っていると踏んだ魔宝石。危地に陥れれば、一人だけでも助かろうとするであろうその気性。

 ダイナー・チームの全精力を用いてハメた作戦が、バズマの腰からぽろりと魔宝石を零させた。


 雷槍との追いかけっこを終えたサギッタがすかさず空中で掴み取る。


『あとはゴールまで、魔宝石を携えて飛翔するだけです~!』

『全員で行くか、一人だけ行かせて残りはここで足止めか!?』

『レネルチアをくっつけてゴールまで行くのは現実的じゃないですね~。今の【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】で多少人数差も解消しましたが、余力には差がありすぎます~!』

『そうなると単騎駆け……誰が行く!? あれほどの魔法力を惜しみなく使って、余裕のあるヤツはいないぞ!』


 この場にいる誰もが、映像を見ている観客の全てが、サギッタの手に握られた魔宝石の行方を追う。

 サギッタは一度見せびらかすように指先で魔宝石をつまみ――そして、素早く投げ放った。その先には、ふらふらと浮かぶララキアの姿があった。


『まさか……満身創痍のララキア選手ですか~!?』

『……いや、違うぞ!』


 風の魔法に乗って届けられた魔宝石を、ララキアは疲れ切った顔で受け取り、呟いた。


「困ったわねえ、わたくし、ティーカップより重い宝石を運ぶのは苦手だわあ」


 張り付いていた妖精が拾った呟きに、誰もがツッコミを入れたかったがそういう場面ではない。


 一向にゴールへと飛翔せずに戦場を睥睨するララキアの様子に、ダイナー・チームはおろか、魔宝石を渡したサギッタまでもが動揺している。


『……事前の話と違う、そんな様子だな』

『ミレイズ選手は落ち着いていますね~。二人だけの秘密の作戦……?』


 ゆっくりと腰に括り付けている布袋に魔宝石を入れ、ララキアは苦労しながらそれを外して掲げ持つ。


「だから、あとはよろしくねえ、うさぎさん」


 誰もがその言葉には指摘を入れた。そいつは誰だ、と。


 だがしかし、一部の者だけはララキアが示す人族を知っている。


『サギッタではない、ララキアでもない……ではミレイズしかいないが……』

『レネルチア・チームがミレイズ選手を取り囲みます~、これでは渡せ、な……ッ!?』


 ――疲労か、苦痛か。

 耐えかねたように、ララキアが掲げ持った魔宝石の詰まった袋を取り落とした。


 泡を食って、落下する魔宝石を追う空駆者たち。

 拾った方が勝つ。


 そして高空から見下ろして俯瞰する形になり、皆がその影に気付いた。


『……だ、誰ですか、あれは~!?』

『今、新人の妖精が復帰した! 映像を出す……これは地上からか!』


 新人妖精から送られてくる映像は、地上すれすれを這うように飛翔する少女の後ろ姿。

 魔宝石の落下地点に滑り込むように飛ぶ鉛色の影と、その軌跡は一致している。


 大事な大事なお宝を落とした張本人、ララキア・ブリスベル・ダイナクルスは、脂汗に塗れながらも優雅な動作でゴールを指差した。



「さあ、行きなさい。リパゼルカ・ライン」



 ダイナー・チームに残された最後の切り札エースが、八点分の魔宝石を受け取った。

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