4-11

 今回のスタート地点になる南門では、すでにダイナー・チームが勢揃いしていて、最後のチェックをしているといった具合であった。


「遅いわよお、うさぎさん」


 こっそり合流しようとしたが、真っ先に一番怖い人に見つかってしまった。

 ララキアはにっこり笑顔でリパゼルカの襟首を掴んだ。


「いやその、遊んでたわけではなくて」

「屋台を楽しんでいたのは分かってるわあ。せめて口元のソースを拭いてから言い訳しなさいな」


 すでに外装を装備しているにも関わらず、胸の間からハンカチーフを引っ張り出したララキアがリパゼルカの口を拭う。綺麗になったのを確認すると、ララキアは再び胸の谷間に収納する。

 リパゼルカは目の前の事象を理解できず、頭上にハテナマークを浮かべた。なぜ胸の間に物を収納できるのだろう。


「事前に話しておいたフォーメーションに変更はないけれどお、少しぐらいは味方とコミュニケーションを取りなさい」

「挨拶ぐらいはするつもりでした」

「いざという時に切り捨てられちゃうわよお? あと、あっちにも手を振ってあげなさいねえ」

「あっち?」


 ララキアが指した方を見て、リパゼルカはスッと目を逸らした。

 そこにはトトガンナに居るはずのテティスが応援の横断幕を張っていた。


『トトガンナの星! いけ、リパゼルカ!!!』


 応援をしてくれるのは嬉しいが、そういうのは少し恥ずかしい。

 今回のコース経路はトトガンナを経由するので、そこで応援をしてくれるのだろうと思っていたが、まさかスタートの現地までやってくるとは。


「ほらあ、うさぎさんの保護者が手を振ってるわよお」

「保護者ではないです!」


 いや、最近は保護者みたいなことを言い始めたのは確かだが。

 リパゼルカと目が合って、テティスがさらにぶんぶんと手を振った。横の人が迷惑そうにしている。


 仕方なくリパゼルカもそよそよと手を振ると、満足気に口を大きく開いた。「がんばって!」と声は喧騒に紛れて聞こえないが、口の動きがそう言っている。


「それは嬉しいんだけど……、横断幕はやめてくれないかな……」

「あらあ、わたくしのアレを見て言えるかしら」


 ララキアは壁面を使った告知を示した。

 そこにはダイナー・チームの代表選手であるララキアを横から描いた自画像がデカデカと飾られている。

 アレと比べたら、確かに大したことはないのかもしれないが。


 反対側の壁にはレネルチア・チームの代表選手が飾られていた。

 レネルチア領主の長子、バズマ・ギアラ・レネルチアである。

 ララキアが油紙と結婚する方がマシ、と豪語するだけあって、不摂生の塊みたいな見た目をしていた。不衛生な環境で産まれる穢れた魔獣が人族の姿を取ったらこうなるのかな、という感想をリパゼルカは持った。


「ララキア様は綺麗だからいいのでは?」

「わたくしも恥ずかしいという感情は持っているのだけれど。まあ、いいわあ。それで調子の方はどうなのよお」

「悪くないです。でも気になることが一つ」


 脳裏に残しておいた忠告の件を伝えておくことにした。


「知らない人から忠告をもらいました。棄権しないと死ぬぞ、って」

「脅し文句にしては陳腐ねえ。わたくしはもう少し小洒落た台詞が好みよお」

「当人は忠告のつもりだそうですけど」

「……頭には置いておくわあ」


 唇をちろりと舐めて、ララキアは目線を切った。






 合計で六十四人と、数えたならば結構な人数となる今回のレースだが、スタート地点は整然としていた。


 人数はいかに多けれど、チームはたったの二つ。

 三十二人が左右に分かれ、飛び立つ前からフォーメーションを組んでいる。であれば、整っているのも当然であった。


 レネルチア・チームは四人八列の縦並びとなっている。

 士気の関係か、全員が揃いのフードローブを纏っていた。外装を隠す用途か。代表選手のバズマもどこにいるか定かではない。


 対して、ダイナー側は順当に三角錐を形成し、先頭に<暁天>中堅チーム『原形結晶クリスタニア』のメンバーを置いている。

 今回はダイナー・チームとして戦いに赴くことになるが、かと言って三十二人の全員が有機的な連携を出来るワケでは無い。そんな練習は一度もしていないし。


 基本的にはダイナー領に所属している空駆者を、領主の眼鏡に適った順に呼び出しているだけであって、結局のところは単なる寄せ集めにすぎない。

 それを活かすには、それぞれのストロングポイントを的確に発揮できる場所に置いておく。その他に無い。


 ダイナー・チームのエースはもちろん、ララキア・ブリスベル・ダイナクルス。

 彼女が率いる『ダイナー・プリンセス・スターレーサーズ』をメインとしたフォーメーションとなっている。


 『DPS』を勝負所まで運んでいくのが今回の戦略になる。言ってみれば、キャリアーを大幅に増員しました、ということだ。

 今回のレース形式を考えると、全員が全員キャリアーの役割をこなすことにはならないが。


 ソロ参加はリパゼルカ、ミレイズ、サギッタの三名。

 この三人はキャリアーとしては役に立たない。他にいくつもあるキャリアー向きのチームに任せた方がよほどマシだ。


 サギッタは絶えず『DPS』に追随して、アシストを行う役目を担っている。


 元々の所属チームである『フィスタ・クラウン』から一人参加をしてきたサギッタは、<黎明>クラスの選手ではあるがエースではなかった。

 エースを勝たせるアシストとして名を馳せている男だったのだ。よってララキアのアシストに加わる形になった。


 リパゼルカとミレイズは遊撃手の役目が与えられた。


 ミレイズは広域攻撃魔法の名手……という話である。

 一人で多人数を相手に出来るのはかなりのメリットと言えよう。殿で足止めをするにはとても便利な駒だ。


 逆にリパゼルカは局地戦における切り札と指名を受けた。

 経路上に街や森など入り組んだ場所はいくつもある。可能性が高い、とは言われなかったが、強力な長距離攻撃魔法の持ち主が先行して潜んでいた場合は、リパゼルカが各個撃破に向かうことになるだろう。


 役割を改めて頭の中で整理すると、リパゼルカは息を吸った。


 まだ骨格は【装着】しない。

 なんとか五つにまで増やした核は今のところ十分な量の魔法力を蓄えている。充填に回すべき核はまだなかった。


 それに魔法力を補給するにしても、ある程度消耗した段階であるか、常時魔法力を使用する状態でなければ心身に強いダメージをもたらす。

 核から魔法力を解放した時に、その量をコントロールできないのが難点であり、またリパゼルカの使う魔法力吸収技術の研鑽が全然間に合わなかった。


 初っ端から本気を出すと、リパゼルカは開始前に倒れる。


 それに手の内を晒す必要もないから。


 自分に言い訳をしているところで、実況解説を行うらしき妖精族がわらわらと南門に姿を現した。自由気ままな妖精が何人も集まるのは珍しい。それだけこの星駆けが注目の的だということか。


 【拡声】された高めの声がダイナクルスに響き渡る。


『大変長らくお待たせしましたよ~! 間もなく<黎明>DR【ダイナー・レネルチア横断スターレース】が開催となりますよ~!』

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