4-1 ダイナー・レネルチア横断スターレース

 リパゼルカは魔導列車からよろよろと降り立ち、ようやく着いたか、と疲弊を隠さずに、ベベルがカラコロと牽いてきた荷物の上にのしかかった。


「重いんだが?」

「こっちも身体が重いの」

「そりゃあんだけ食い道楽してたら太るだろ」

「そういう意味ではなく! 疲労!」

「オレも疲れてるんだが?」

「ああ、もー」


 リパゼルカの荷物も全部牽いてもらっているので、あまりわがままなことも言えない。虚脱感を引きずりながら、リパゼルカはベベルの横を歩きはじめた。


「にしても、まだ疲れがとれないもんかね? レースから三日も経つのに」


 ベベルの呟きに、リパゼルカもうんざりしながら頷いた。


「三日も経つんだからこの気怠さは取れてほしいと思ってるよ。入院までしたんだから」


 【ジャイダ・シティスプリント・ペア】を優勝した直後、三重魔法を解いたリパゼルカは鼻や目から血を流してブッ倒れた。


 ベベルも衝突や無茶な飛翔であちこちを骨折していたので、リパゼルカと一緒に入院対応。表彰式に優勝者がいない寂しいものになってしまった。


 回復魔法で身体は治してもらえたが一日は絶対安静ということでゴロゴロするしかなかったということもある。


 回復魔法みたいに他者に干渉する魔法の中でも、特に身体の奥深くまで浸透するようなやつは下手くそがやると魔法力の反発を起こして患者もろとも爆発四散する。上手い人がやっても魔法力が安定するまで活動は厳禁。

 そんなわけで回復魔法はあまり推奨されていないのだが、三重魔法の反動でか全身の骨やら筋肉やら血管やら、ありとあらゆる箇所に不備を発生させたリパゼルカは即日入院回復魔法病棟行きと相成った。


 おかげさまで身体は無事に治ったのだが、未だに気怠さや虚脱感が抜けない。


 医療者の先生曰く、精神の疲弊だそうな。


 魔法力を使い切った時の事象とはまた別の話で、魔法力を全力で行使し続けたがための反動。

 つまりは三重魔法を、あの短い時間だとしても使うだけの鍛錬が足りないということだ。初めて使ったから当たり前なんだけども。


 こちらは魔法力を過度に使わなければ時間経過で良くなりますよ、とのことなので、同じく回復魔法で全身骨折を治したベベルとトトガンナに帰ってきたのだ。


 駅を出てとりあえずは組合へと向かうことにする。

 ベベルは一番に報告をしておきたい相手がいるようであるし、リパゼルカとしてもさっさと報告して気兼ねなく休みたかった。


 途中でトトガンナ焼きの屋台を見つけたので、ちょっと寄っていく。匂いに引き寄せられてしまった。


「そんなに離れてたわけでもないけど、この匂いを嗅ぐとなんか帰ってきた感じがするね」

「ジャイダでも似たような料理はあったがな。まあ、その気持ちは分からんでもない」


 帰りの列車でもあまり食欲がなかったのだが、流れてきたトトガンナ焼きの匂いをきっかけに、リパゼルカのお腹は突然の音楽祭を始めたのだ。

 考えてみればレースが終わってからほとんど白湯の類型品しか喉を通していない。お腹が空いて当然だ。


 ベベルが屋台のおっちゃんに言った。


「おっさん、トトガンナ焼きを二つくれ」

「おおっ、ベベルとリパゼルカじゃねえか! 速報見たぜ、やったな!」

「ありがとよ。こいつのおかげでやっと獲れた」


 ベベルがおっちゃんに話しかけたので荷物に寄りかかろうとしたリパゼルカは早々に引き合いに出された。というより、ベベルに引っ張られて頭を雑に撫でられた。


「いきなり何するの」

「感謝の気持ちだよ。おっさん、こいつの分はオレが出す」

「別に自分で払うけど」


 二分したとはいえ<暁天>の優勝賞金はちょっとした物だ。シティスプリント一位とライジング二位で特別賞金ももらっている。

 しかしベベルは撫でる手に力を込めてぐしゃりと髪を乱してきた。


「奢らせろって。お前のおかげでようやくアッドに話が出来るんだからよ」

「ちっちっ! ベベルよぉ、それは別の機会にしておきな」


 そこに屋台のおっちゃんも参戦する。


「あ? なんだァ、急に」


 おっちゃんはキラリと歯を光らせて言った。


「なぜならここはおっちゃんが二人に奢るからだ。おめっとさん、トトガンナの英雄たち!」


 そう言うなり、焼き立てのトトガンナ焼きをおっちゃんはリパゼルカとベベルに押し付けた。


「……いや、別に払うけど?」


 リパゼルカは再び応えたが、おっちゃんは手を突き出して顔を横に振った。


「いーや、今日は受け取らん! これはおっちゃんからの祝いだからよ! 気に入ったらまた買いに来てくれ、大体ここでやってっから!」

「そこまで言うなら……もらっておく。ありがと」

「……しょうがないな。また今度来る」

「おう、またよろしく頼むぜ!」


 二人はおっちゃんに礼を告げて離れると、早速トトガンナ焼きをかじった。


「うまー」

「悪くねえな」


 時期でもないのにやっているところで期待していたが、その期待を裏切らない味だった。


 ベナナ鳥のふくよかさを感じる歯ごたえを活かして大振りにカットされたもも肉。どんな味でも合うと言われるベナナ鳥に付けた甘辛いタレは、コクがあり、まったりと口内に幸せを広げてくれる。

 またベナナ鳥を包むように加えられたなんだか分からない葉物の野菜がしゃきしゃきと心地よく、一口ごとに味覚をリフレッシュさせてくれる。


 口がデフォルトに戻ったら今度はもも肉のタレが少しだけ絡まったベナナ鳥の実だ。

 熱せられた実は香り高く、かじってみればねっとりと魅惑の甘味を味あわせてくれる。少し付いたタレの辛味がアクセントになって、またもも肉が食べたくなってしまう。


 こうして肉と実の無限ループを繰り返す内に、気が付けば無くなってしまうのがトトガンナ焼きなのだ。


 おっちゃんのアレンジは入っていたが、間違いなく当たりの部類だった。

 また機会があれば食べたいと思えるトトガンナ焼きは割と希少なので、おっちゃんの顔を覚えておこうと屋台の方を見ると、さっきまでは暇そうだったのに今は人が群がっていた。


「商魂たくましいな……」


 突然の繁盛を不思議に思うリパゼルカとは反対に、どこか呆れたようにベベルが呟いた。


「どういうこと?」

「あのおっさん、オレたちが帰ってくるところを狙ってたんだろ。ほら屋台の看板見てみろ」


 リパゼルカの記憶が確かなら『トトガンナ焼き 安い! 美味い!』としか書いていなかったはずの屋台の先頭に、気が付けば『トトガンナが生んだ英雄 ベベルとリパゼルカも食べた!』という文言が追加されている。


「ええ……」

「オレたちがどれほどの宣伝になるかは分からんが、そこそこの集客にはなるみたいだな」

「もしお腹いっぱいで立ち寄らなかったらどうするつもりだったんだろ」

「駅前で集客にはなるから問題ないんじゃねえか? オレとお前は運良く上ブレした時のボーナスだろ。いつ帰ってくるかも具体的に分かってないんだから」

「したたかだなー」


 勝手に宣伝に使うな、というほど狭量ではない。

 果てしない嘘を書かれていた場合は別だが、「大絶賛した」とかでもなく単なる「食べた」という事実を表記されただけなので。

 ちゃんと美味しかったから許しているところがなくもない。不味かったら看板を下げに突撃しているだろう。


 思い返してみれば、有名な空駆者がプロモーションに参加している場面は結構見る。リパゼルカの知るところで言えば、雑誌やカタログのモデルをやっていたり、外装から転じてファッションのデザインとか。


 もしかしたらリパゼルカも今後はそういうことを考える必要があるのかもしれない。面倒なことだ。


 考えられる生活環境の変化に溜め息を吐いて、今度こそ真っ直ぐ報告をしに歩きだした。

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